アフリカを覆う「難民問題」の厳しすぎる現実

報道写真家が現地で体験したこと

その夏、このキャンプでは、1日に10人の子どもが命を落としていた。サホロちゃんの遺骸が埋められた空き地には、同じように小さい墓がいくつもあった。子どもの死者が多かったからだ。

内戦で生まれ、生き延び、内戦で娘を奪われたモハメッドさんは、両手の手のひらを天に向けて、「娘の死は、アラー(神)のご意志」と唱えたが、怒りと悲しみが入り組んだ複雑な表情を浮かべていた。

干ばつを飢饉にまで追い込んだのはソマリアの混沌だった。ソマリアでは1991年から内戦が続く。特にイスラム系武装勢力グループのアル・シャバブが支配する南部では、2009年から国連機関やNGOのほとんどがスパイやキリスト教宣教などの容疑で強制退去させられてきた。そのため援助は住民にまで届かない。その結果、難民がケニアやエチオピアなどの隣国に逃れている。

根本原因は異常気象による食糧不足

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熱帯雨林の中での葬儀

気候変動により、「アフリカの角」では、異常気象による食糧不足の頻度が高まっている。地球温暖化により、干ばつ、もしくは天災が以前以上に多発し、2015年も異常気象により、ソマリアを含む、「アフリカの角」が食糧危機に見舞われた。4年前に起こった飢饉が再発することが懸念されている。

2015年の統計によると、難民総数のトップはシリア。そしてアフガニスタン、ソマリア、コンゴ民主共和国、南スーダンと続く。第3位のコンゴ民主共和国で脳裏に焼き付いているのは、熱帯雨林の中での葬儀だ。

1998年に勃発したコンゴ第二次内戦は、2003年に主要な武装グールプを交えた和平協定が調印されたことで形式的には終戦したことになる。しかし東部では戦火は止んでいない。この内戦では、最新の統計が取られた2008年まででも540万の人が命を落としている。戦争による犠牲者数としては第二次世界大戦に次ぐものだ。2007年に40年ぶりの大統領、総選挙が行われるが、特に地下資源の豊富な東部では戦火は止んでいない。

2006年7月、コンゴの東部イトーリ州にある難民キャンプで、娘の死を嘆く母親の顔を忘れられない。子供三人と母親を遺して数時間前に息を引き取ったのはリアさん。死因は「下痢」。ゲリラと政府軍が衝突し、命からがら逃げ込んだジャングルでは飲み水を確保することができず、水溜りの水を飲んだために下痢を起こした。

キャンプに着いたときはすでに手遅れで、急性の脱水症状で死亡する。清潔な飲み水と塩分さえあれば、命を取り留められたはずだ。コンゴ内戦の犠牲者の死因のほとんどは、戦闘によるものではなく、紛争によって食糧と医療施設のアクセスを断ち切られたことから起きた、飢餓や病気によるものだった。

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