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2018/7/13

世界的経営学者、野中郁次郎が語る
今なぜマネジメントにリベラルアーツが
必要なのか Vol.3
今必要なのは知的バトルから
共感を導くこと

< 第2回はこちら

自分のアイデアだけでは限界があることは言うまでもない。だからこそ、必要になるのは対話だ。自分の思いを互いにぶつけ合って、知的バトルの中から、アイデアを普遍化していく。そこから共感を生み出し、さらに体系化していく。それが知識創造の本質なのだ。インタビューは、第2回から続く。

アートとサイエンスを
融合する「現象学」

部分最適ではなく、全体最適として見ることが大事だということですね。

野中「ホンダジェット」を開発した藤野道格さんは、「飛行機の本質、特性を調べるときに、昔はせいぜい8項目くらいしかチェックできなかった。ところが、今ではコンピュータの進化によって、2000項目以上をチェックできるようになった。しかし、それがかえって全体を見えづらくしている」と言っています。

つまり、8項目しか出なかった頃は、全体像を徹底的に自由に考えることができたのに、今は部分的に考えるのみで、全体を深く考える機会が少なくなっている。そのために、思い切ったアイデアが出てきにくくなっていると指摘していました。つまり、「アブダクション」が起こりにくくなっているということです。

「アブダクション」を導き出すには、どうすればよいのでしょうか。

野中大事なのは、物事の細部と全体に交互に注意を向けて、新しい意味を感じ取っていくことです。それには、自分のアイデアだけでは限界がある。だからこそ、相手との対話が必要になってくるのです。もっと言えば、侃々諤々(ルビ:かんかんがくがく)、「ワイガヤ」をすることが大切になってくるのです。

ある大手メーカーの技術者は海外のビジネスパートナーともお互いに顔を突き合わせながら徹底的にオン・ザ・ジョブで話し合ったそうです。そうやって、全人的に自分の思いを互いにぶつけ合い、建設的な知的バトルの中から、普遍化していく。そこから相手との共感を生み出して、さらにそれを体系化していく。これは私の提唱する知識創造論の本質でもあるのです。

今、そうした建設的な知的バトルが劣化しているのは、なぜでしょうか。

野中それは「新しいアイデアは、みんなでつくるものだ」という重要な考え方が不足しているからではないでしょうか。世間では、よく1人の天才技術者や敏腕経営者が、あたかも単身でイノベーションを起こしたり、会社を成功に導く、などというストーリーが多々見受けられますが、そうしたストーリーの中では、チームメンバーなど、周りで一緒に活動している人々の貢献というのが軽視されがちです。しかし、現実には、周りで一緒に活動する人々の貢献というのが、どんな会社経営やイノベーションにおいても非常に重要な役割を担っているのです。

たとえば、私が哲学の中で重視しているのが、「現象学」という分野です。現象学は、意味や価値というものを絶えず追い求めている学問です。この現象学は、本来人間が持っている「暗黙知」と、それを徹底的に言語で究めていく「形式知」とを合わせて考えていくものです。現象学によると、人は一人で何かを感じたり考えたりしているのではなく、つねに周りの人や環境との相互作用の中から物事を感じ取り、理解するものであることが論じられています。自分を支えてくれる他人やチームメート、自分を取り巻く環境なしには、人は何も思いつくことができないのです。

私が哲学でもう一つ重要視しているのが、アリストテレスの「フロネシス=実践知」です。現実の動きのただ中で、絶えずアートとサイエンスのバランスを取りながら、実践の中でタイムリーに判断していく。それがまさに賢い判断を下すことにつながっていくのです。

 

AIは人間のように意味を
見いだすことが苦手

歴史や文学については、いかがでしょうか。

野中歴史や文学では、物語による説明を重視しています。歴史や文学は、語りに一貫性があり、出来事の経緯を、たとえば起承転結というスタイルでもって説明します。単に時系列に並べるだけでなく、プロット(筋書き)を入れて物語にするのです。たとえば、「王様が死に、それから王妃が死んだ」ではなく、「王様が死に、そして悲しみのために王妃が死んだ」と「なぜ」の因果をプロットに交えて説明します。何が原因で、何が結果であるのかに関する記述などを中心に、全体の意味が通るようにまとめていくのです。つまり、歴史も文学も、起こった現実をどのようにとらえ、それにどのような意味を付加していくのか、ということが本質になってくるのです。これが、両者が本質的に似ていると言われるゆえんです。

大事なことは、経営におけるリーダーシップには何が重要なのかを認識すること。私は、特に現象学とフロネシス、そして物語論に注目しているのです。

昔と比べて、哲学、歴史、文学を重視している人が少ないように見えます。

野中私たちは、日本の次世代の経営者を育てることを目指して、「ナレッジ・フォーラム」という1年間のプログラムをここ10年ほど行ってきました。この中では、1年間のうちの半分をリベラルアーツの学習に費やしています。自分の生き生きとした経験の中から、重要な要素を言葉で表現し、普遍性を見つけていく。その過程で新しい意味や価値を追求していくことを重視していくプログラムとなっています。

最近注目されているAIを使いこなすことも重要なことなのですが、AIは人間のように意味を見いだすことは非常に苦手です。確率論的に解を出しているのであり、意味を見いだして、解を導いているわけではないのです。

AIがあるからこそ、人間は意味を見いだすことに注力すべきだということですね。

野中現実を生きていくには、絶えず価値や主観を含んだ判断能力が必要です。しかも、現実はダイナミックにつねに変化しています。意味や価値づけは、もともと人間が持っている重要な能力です。

しかし、そこにはつねにバイアスがあります。私たちが太平洋戦争からの日本軍の教訓として『失敗の本質』で書いたことは、過去の成功体験への過剰適応ですが、現実が絶えず変化しているならば、やはり私たちが持っている価値観も変化しなければならない。

しかし、そのとき難しいのは、人間の持っている成功体験が邪魔になるということです。だからこそ、現実が変化している中で、あらゆる角度から集合的にさまざまな主観をぶつけ合い、共感の場を組み込んでおくことが重要になるのです。

そのための仕掛けが、全人的に徹底的に向き合って議論する「ワイガヤ」なのです。

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