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2018/6/15

ホンダジェットの革新的イノベーションの秘密
事業化の道をこじ開けて戦略的に価値創造に挑む Vol.3
戦略的に説得し、
実物を見せて共感と支持を得る

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ホンダジェットの事業化に向けて用意周到に意思決定をしていく藤野氏。そのヒントになったのは、藤野氏が学生時代に熱中した卓球だった。技術競争が進む卓球の世界とビジネスの世界を重ね合わせながら戦略的に飛行機開発を進める中、さらなる問題が浮上する。

商品は最初から最後まで
全部を考えて決める

米倉卓球の経験も役立てながら、戦略的に考えて飛行機を飛ばしたが、その後もなかなかすんなりとはいかなかった。規制で認可が下りなかったりしたのでしょうか。

藤野2003年当時、直属の上司から言われていたのは、「これは純粋な研究だから、飛行機をつくって飛ばすところまではやるけれど、飛行試験が終わったら、ホンダジェットのプロジェクトは終わり」ということでした。一生懸命に取り組んできたにもかかわらず、その後はないというのは、すごくつらいことでした。本当にこのプロジェクトをやる意味があるのか、途中でもうあきらめて仕事を変えようかとも思いました。それでも最後は、「とにかく飛ばすところまでは、自分の仕事のけじめとしてやろう。その後のことは終わってから考えよう」と腹をくくったのです。

  ですから、私自身は2003年の初飛行のとき、チームメンバーと同じようには喜べませんでした。それで気持ちを切り替えてリフレッシュしようと、家族とバハマでバケーションを過ごしました。すると、朝食でたまたま隣に座った方がビジネスジェットの利用者で、「ホンダジェットはすごくカッコいいね。発売になったら絶対に買うから、知らせてくれ」と言ってくれたのです。これが初めてお客様の顔を直接見て話した経験でした。そういう人が実際に目の前にいて、ほかにもたくさんいるかもしれない。もう半年だけ頑張ろうという気持ちになりました。

  その後、会社の上司を説得して、ホンダのハイテクな実験機を展示するという名目で事業化とは絶対に言わないという条件の下、2005年に世界最大のエアショーに出展しました。そこでホンダジェットを飛ばすと、反響がものすごかったのです。何千人もの人々がワーッと波のように押し寄せ、機体が誘導路に入ってくると、道を空けるためにさっと二つに分かれる。まるで海が割れる映画のシーンのようで、いまだに忘れられません。

  その後、私は観衆の前でホンダジェットの紹介をしたのですが、とにかく観衆の興奮がものすごいのです。ああ、人のエネルギーは体で感じるものなんだ。自分のつくった飛行機を見て、こんなにエキサイトする人たちがいるのかという高揚感がありました。観衆の中には、川本さんなどホンダのOBの方もいらっしゃいました。これが転機となって、本社の雰囲気もだんだん変わっていったのです。

米倉機体のきわめて特徴的な塗装も斬新だったそうですね。

藤野それまでは、飛行機の塗装は白にストライプというのが一般的で、常識となっていました。ですから、ホンダジェットの新しいデザインの塗装を決めるときは直属の上司からも反対されました。私は当時の福井威夫社長に直接話をして、ようやく承認を得て実現したのです。今でも覚えていますが、塗装をした直後、まだ塗料が乾かないうちは、自分が思っていたような青色の発色が出ず、心の中では「もしかして失敗したかな」とも思いました。けれども、一夜明けて塗料が乾燥したホンダジェットを見たときには、青色もイメージどおりになっていました。そして初めて屋外にホンダジェットを出して太陽の下で見たときには、鳥肌が立ちました。これは今世の中にある飛行機とはまったく違う飛行機になったと。そして、その美しさに皆からもため息のような歓声が上がったのを覚えています。

米倉もちろん、やり方にも工夫があったのですよね。

藤野たとえば、ノーズの部分にはレーダーがあるので、塗料の中に金属製のフレーク(薄片)は使えないのですが、ホンダジェットではレーダーの機能を損なわない素材のフレークを使いました。また、ロボットで塗装しているので、フレークのオリエンテーション(配列)が均一となり、イタリア製のスポーツカーのような美しさを実現しています。

米倉そこまで、藤野さんはこだわったのですね。

藤野商品はやはり最初から最後までちゃんと全部を考えて決めないといけないと思うのです。飛行機エンジニアは、各専門領域が決まっているので、たとえば空力の設計が終わると、構造、システムへと移り、最後は塗装の専門家に渡すというように、ある意味、分担作業です。私がチームに言っていたのは、たとえば自分が絵を描くとしたら、デッサンの段階から光や色のイメージも決めて、極端なことを言えば、展示するときの額縁まで念頭に置いて最高なものに仕上げたい。ですから、飛行機の形を決めたときには、ある程度は塗装のイメージも頭に入っていました。塗装も飛行機の形と物理的に関連性のあるものにしたかったのです。空力がわかっていないと、あの塗装のデザインにならなかったでしょう。

ハイブランドのハイヒールに
直観を得る

米倉創って、作って、売る。これこそモノづくりの基本ですね。ノーズの形はハイブランドのハイヒールをヒントにしたという記事を読みました。

藤野ノーズについては、先端が尖っている形状で何が美しいかということをずっと考えていました。たまたまハワイの免税店に行ったときにハイブランドのハイヒールが目に入って、この形状はきれいだな、と。そのブランドの創業者の代から、90年くらい靴をつくり続けて今の形になっている。その美しさや機能性への徹底したこだわりに共感し、それをヒントにして、きれいなノーズ形状が創れるのではないかとスケッチを描き、最終的には多くの理論計算をして最終的なホンダジェットのノーズ形状を創りました。

米倉すごく大切な話ですね。ニュートンはリンゴが落ちて重力を考えたのではなく、ずっと考えていたから、リンゴが落ちたときに重力に気づくことができた。それと同じで、ノーズはどうすればいちばん美しく見えるかを考えているから、いろいろなものに目が入ってくる。

藤野そうですね。いろいろなものを見ることは大切ですね。絵画やファッション、靴、時計など、いろいろなものを見て考える。たとえばヨーロッパに行ったときには、ヨーロッパの人たちはどういうものを好むのかを考える。中国に行ったときには、中国の富裕層は、どちらかというとヨーロッパ風のものを好んでいるんだなということに気づいたりする。そうすると、中国で販売するときにはインテリアはヨーロッパ風がいいのかな、とか。そういう感性はすごく重要で、各国での商品戦略を発想する上でとても大切なことだと思います。

米倉コックピット、そしてトイレなどのディテールにまでこだわったそうですね。

藤野こういうサイズの飛行機には、必ずしもちゃんとしたトイレが付いていないのです。私自身、ビジネスジェットに乗るときに、トイレに行きたくなったらどうしようということが心理的なプレッシャーになっていたりするのです。だから、飛行機に乗る前には必ずトイレに行くし、飛行機の中でも、飲み物をあまり飲まなかったりする。せっかくビジネスジェットに乗っても、気持ちの中にどこか完全にリラックスできない部分が残っている。それらを全部なくしたいと思ったのです。ホンダジェットには、完全に個室となる、プライバシーが確保されたトイレがあるので、女性も気にしないで使えます。機内の換気の方向も、キャビンの前方から後ろに流れるので、臭いも気にする必要はありません。

  飛行機設計者から見れば、トイレにこだわるのは奇異に感じるかもしれませんが、私自身では、飛行機に乗るときの体験のうち、トイレはトップ5に入るくらい優先順位の高いもので、エモーショナル部分でも大きな価値があると思ったのです。

米倉逆に言えば、今まではそういうことが二の次になっていた、と。

藤野飛行機エンジニアが重要視するのは、最高速や高度などの性能、また、いかに安全かといった技術的なこと。それらは当たり前のことです。しかしそれだけでは商品としての魅力は最大化できません。ホンダジェットに乗ったときの、静かさ、振動の少なさなどの快適性はずば抜けていると思います。乗ったときの疲労の度合いが他機とは明らかに違うのです。疲労は音の周波数、振動、与圧でも大きく変わるのですが、ホンダジェットはとても快適で、一度乗ればもう一度乗りたくなるはずです。もっと言うと、用事がなくても乗りたい。たとえば良い車に出合ったら、目的がなくてもドライブしたくなるのと同じです。その辺の感性的なものも、みんなに受け入れられた理由の一つではないかと思います。

欧米並みの
スタンダードを築けば、
日本でも十分可能性がある

米倉鳥肌が立つ思いです。さて、2016年に納入を開始して、成績はいかがでしたか。

藤野2015年末の認定取得後のデリバリーは好調に推移していて、2017年にはついにこのクラスで世界トップ級の納入機数を達成しました。また、当初はアメリカが受注の大部分になると思っていたのですが、最近の受注はヨーロッパでもかなりの割合となっています。

米倉それは意外な感じがしますね。

藤野ホンダジェットの航続距離は、ヨーロッパの各主要都市を結ぶのに適しているので、ヨーロッパでの需要も高いのです。最近では、中国などアジアも有力な市場として伸びています。

米倉日本の需要は小さいのでしょうか。

藤野今はそうですが、日本には富裕層がたくさんいますし、自分では買わないとしても、ビジネスジェットを使いたい人は多くいるはずです。たとえば羽田空港のプライベートジェット機専用の入り口からホンダジェットに乗って移動すれば、駅や空港、搭乗手続きなどで人混みに遭遇することもなく、仙台であれば30分、熊本でも1時間半くらいで行けます。一度乗れば、きっとその便利さや価値を実感できるはずです。

  アメリカでは1時間当たり2000~2500ドルくらいでホンダジェットをチャーターできます。4人で割れば、1人当たりはそう法外な金額でもない。日本で言えば、それで東京から北海道まで行けるのです。自分の人生を振り返ってみると、仕事で忙しくて子どもと過ごせなかった時間はもう取り戻すことはできませんが、これからの人たちは、ホンダジェットを使うことで、お金でも買い戻すことのできない人生の時間を、ある意味取り戻すことができると言ってもいいかもしれません。

米倉日本でそういうビジネスをやろうとしても、規制に阻まれたりしませんか。

藤野規制は徐々にですが緩和されてきましたし、日本でも利用者があまり対外的には話をされませんが、ビジネスジェットを使われている方はいらっしゃいます。ただ問題は、料金がまだ欧米に比べて高いことや、不透明な部分もあることです。使うのはごく一部の超富裕層なので、料金体系は世界的基準で見ると、まだ競争力が低いと思います。そこに欧米並みのスタンダードを持ってきて築くことができれば、日本でも十分可能性はあると思っています。ビジネスジェットというハードだけでなく、ソフト面も含めてビジネスを展開できればと思っています。

  中国や東南アジアでもそういうサービスがどんどん進んでいますし、世界的なイベントやIR推進法案などで、必然的にワールドスタンダードが日本にも入ってくると思っています。

米倉アジアで先に普及すれば、日本の市場環境も急速に整備されるかもしれませんね。

藤野官僚の方にお会いするときには、機会があればそういう話をしています。官僚や業界の方たちも日本におけるビジネスジェットの普及には以前より前向きになってきていると感じています。これからインフラも整備されて、もしビジネスジェットの日本での普及というところまで持っていくことができれば、ホンダがホンダジェットをやった価値がすごくあると思います。一つのプロダクトを創ること以上に、交通システムという新しい価値を創造できるのですから。

※本記事は『一橋ビジネスレビュー』2018年春号に掲載の記事をもとに作成したものです。

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