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2018/6/22

ホンダジェットの革新的イノベーションの秘密
事業化の道をこじ開けて戦略的に価値創造に挑む Vol.4
新しい交通システムを創造してこそ
ホンダがやる意味がある

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性能だけでなくデザインなどディテールにこだわったホンダジェット。欧米並みのスタンダードを築くことで、世界トップクラスの受注を獲得。開発で大事なことは、自分ならどう考えるか。常に一人称で発想していくことだと藤野氏は語る。

「高度3万フィート」という
広い視野を持つ

米倉プロダクトとして見たとき、ホンダジェットの競合はどこになるのでしょうか。

藤野同じ領域で戦っているのは主に、アメリカやブラジルの航空機メーカーです。

米倉ホンダジェットは1機どのくらいするのですか。

藤野約5億円です。ほかのメーカーは性能や商品性ではホンダジェットに勝てないので、値引きなど、価格で競争しているというのが、今の戦いの構図です。それでも幸い、ホンダジェットが欲しいと言っていただけるので、商品力はかなり高いと思います。静かさ、そして揺れの少なさなどの快適さに加えて、速度も速いし、燃費性能も15~17%優れている。そして高く飛べる。ホンダジェットは4万3000フィートまで飛べるので、普通のエアラインが飛んでいるのが眼下に見えるのです。そういうホンダジェットの実用性能の高さは日本ではまだあまり知られていませんが、実際に乗ってメリットを感じていただければ、日本でのビジネスチャンスはあると思っています。

米倉事業化を見越して、研究の拠点にノースカロライナを選ぶ。あるいは、設計段階で塗装を決めて、しかもトイレの不快感をなくしたい。そこまでは考えないエンジニアも多いと思うのですが、藤野さんは戦略家であると同時に、マーケッターでもありますね。

藤野視野が狭くなっているエンジニアもいるのかもしれません。私の場合は、基礎研究所という特殊な経験が逆に私自身の物の見方に気づきを与えてくれたように感じています。閉ざされた空間に長い期間いると、みんなが同質的な考え方となり、組織内のみでしか通用しないような価値観を共有するようになり、本来、会社として目指すべき目的や目標とは違うことが、特定の組織やその構成員の目的になりやすいと思うのです。ですから、いつも外の、もっと広い世界に出たいと思っていました。

  今、アメリカから、日本の若い人たちを見ていると、一人称で仕事をしている人が少ない感じがします。たとえば、自分はどう考えるか、何を実現するべきかではなく、誰から評価されるのか、誰と仲良くしているかばかりを気にする。何かをしたいとき、あるいは何かをすると決めたときには、つねに一人称でないとうまくいかないと思うのです。

米倉そうですね。最近の流行語の中で良くないと思うのが「KY」。こういう言葉が出てくると、空気が読めるのは偉いという風潮になって、危険な兆候ですよね。空気を読んでいたら、ホンダジェットはできない。せいぜい2003年の初飛行で終わっていましたね(笑)。

藤野社内での自分の評判や昇進のことを考えていたら、そうだったかもしれません。

米倉日本はこれまで品質などの細部を強みとし、今後は全体のプロジェクトマネジメントでも強くなっていくと思っていた矢先に、肝心の品質に問題が起こっています。こうしたニュースが続くのは、非常に良くない状況ですね。アメリカにいらっしゃると、こうした日本の現状はどう見えるのでしょうか。

藤野イノベーションに対する判断や実行のスピード、経営資源の割り振りのスピードは、アメリカのトップの人たちはとても速く、比較的視野も広いと思います。アメリカではよく「高度3万フィート」という言い方をしますが、そういう高いところから見ている。かつてホンダを起業したときは、そうやって高い視点で世界を見ながらやっていたのだろうと思います。今は大量の情報が交錯しているにもかかわらず、日本では、ビジネスの全体を見渡したり、将来像をいち早く視野に入れたりするという面でやや後れを取っているところもあると思います。現在の日本は少し高度が下がっているように感じますが、ポテンシャルは高いので、また復活するのを期待しています。

内向きの視点では
イノベーションは生まれない

米倉アメリカの企業は短期的だとよく言われますが、そんなことはないですよね。たとえば、アメリカ最大の総合電機メーカーは140年間で社長は10人。日本は総理大臣も含めて3~4年ですぐに変わっていく。本気で責任を取って中長期的な投資をする人がいなくなったような気がします。最近出てくる新車はどれも面白くない。チャレンジがないように思うのですが。

藤野確かに、日本の会社は一般的に内向きだと感じることがあります。たとえば、プロダクトのデザインにしても、最初のスケッチはとても良くて魅力的でも、社内のみんなの意見を取り入れて、みんながハッピーになれるものにしていくうちに、いつの間にか尖った面がなくなっていたりする。本当はいちばんハッピーにならないといけないのはお客様なのに、そこから外れてしまうことがある。

  もう一つは、世の中(世界)で何が起こっているのか、進んでいるのかに注意を向けるのではなく、社内の事柄に注意を向け過ぎていることがある。一人称の考えではなく、市場調査などをして社内のみんながそう言っているからいいはずだ、とする。それでは、なかなかイノベーションはできないのではないかというのが、長年の経験から思うことです。

  私が最初にプロジェクトを任されたときには、いわゆる教科書どおりに、みんなの意見を聞くようにしていましたが、実際の飛行機の世界で、適当にワイワイガヤガヤとやったからといって、新しい革新的な飛行機の理論が出てくることなどありませんでした。今からイノベーションをやるから、みんなで話し合って、イノベーションのテーマを決めようというやり方では、世界から後れを取ってしまいます。

米倉それはよくありますね。イノベーションをやるから、会議をしよう、と。みんな言いたいことを言って、何もアイデアが出てこないまま終わる(笑)。

藤野私は何かをやろうという場合、コンセプトはできるだけ少人数、あるいは自分で決めて、オペレーションではきわめて現実的に判断するようにしています。リソースはこれだけしかないから、ここにリソースを集中してやるとかです。直感で思いついて始める場合も、必ずデータを集めて、その成功する確率を上げるようにしています。カジノでもそうですが、1回きりの大博打ではなく、長い時間続けて勝つためには、システマチックに確率の高いほうに決めるというように、できるだけ定量的に見て判断する必要があります。

日本市場への導入が決まった「HondaJet Elite」

穏やかな物腰、
人を傷つけないリーダーシップ

米倉自分の主張や判断をしっかり持ち、確率の高いものを選ぶなど、いかにも押しの強いやり手のリーダーが言いそうなことを述べながらも、藤野さんは物腰が柔らかいですね。

  話し方も穏やかで、人を傷つけたりしないけれども、やろうとすることはきわめて非常識なことだったりする(笑)。新しいリーダーの登場という感じがしますね。右脳と左脳のバランスがよく、物事を前に進めることがいちばん重要だと考えていらっしゃる。

藤野確かに、右脳と左脳は両方必要だと思います。私は仕事をするときには、財務の計算や技術的な理論を考えるときの机と、飛行機の塗装を決めたり新しいアイデアを考えるときの机をそれぞれ分けて使っています。アメリカだと部屋が広いので、それができるのが良いところです。それから、あまり人を傷つけないほうがいいかなとは感じています。育った環境や文化的な背景も違いますし、みんないろいろな考え方がありますから。

米倉なるほど、僕も反省しないといけないです。また、意図的に机を分けているとは、すごいですね。確かに右脳と左脳は役割が違いますから。今は、アメリカの会社では何人くらいの従業員がいるのですか。

藤野従業員は約1800人です。20人のときのマネジメント手法と、100人、500人と増えていったときのマネジメント手法は変えていかなくてはなりません。よくマネジメントの普遍性みたいなものをおっしゃる方もいますが、そのフェーズごとにいちばん良いチームの組み方があると思うのです。アメリカ人の中には一定サイズのマネジメントではうまくいっている人も、組織のサイズや仕事のフェーズが変わると、最適な人材ではなくなったりする。ですから、その時々で最適な人材のアサイメントや組織体制を用いるような、アダプティブなマネジメントをすることが大切だと思います。

米倉アメリカのミドルマネジャーのほうが、ジョブカテゴリーが明確なだけに、かえって硬直的だという話はよく聞きますね。

藤野アダプティブなマネジメントができるようなトップの人材を採らないと、次の10年は業界で生き残れません。今の課題はそういう人材をどう引き付けるかというところで、人材の採用の重要性を考えて、そのアクティビティの比重を大きくしています。アメリカだけでなく、世界中からいい人材を集めたいですね。

米倉いい人材を採るためには今後、世界的な著名ベンチャー企業やIT企業と戦っていくわけですね。

藤野創業者がアイコンとなって人材を集めるのであれば、同じように私たちも、トップ人材にここに来たいと思ってもらえるようにしないといけません。

米倉そうなれば、ホンダジェットはもっと面白くなりますね。今日は大変感動しました。刺激的なお話をありがとうございました。

※本記事は『一橋ビジネスレビュー』2018年春号に掲載の記事をもとに作成したものです。

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