デジタル化時代のビジネスは
顧客との「価値共創」が重要になる Vol.2
顧客にも価値づくりに
参加していただく
モノづくりを前提とした経営戦略が通用しなくなり、業種の区別もあいまいになった今、これまでの古いレンズを掛けてビジネスをとらえようとしても、チャンスをつかむことはできない。製造業がサービス化し、サービス業がモノ化していく中で、新たな価値づくりとして注目すべきは「使用価値」という。その意味とは何か。
従来の常識を覆す
新しい価値づくり
モノづくりをベースとしたビジネスの前提条件が変わり、新たな価値づくりが問われる中、ビジネスのあり方をどのようにとらえればよいのでしょうか。
藤川経済学の視点から見てみましょう。たとえば、新しく商品やサービスをつくろうとするとき、そこには必ず追加的に費用がかかります。これを「限界費用」と呼びます。利潤最大化を図る企業は、「価格=限界費用」となるポイントで競争する完全競争という均衡点が達成されます。これが、経済全体をデザインしていくポリシーメーカーから見れば、世の中全体の経済的資源が市場を通じて最も効率的に配分される状態ということになります。
一方、経営学は一企業の利益の最大化を目指すすべについて考える学問なので、この完全競争の状態からいかに一プレーヤーとして乖離していくかを解き明かそうとすることになります。つまり、経済学と経営学は、そのせめぎ合いの関係にあるとも言えます。
なるほど。いわゆる、ミクロ経済学の考え方ですね。
藤川実は今、経済学や経営学の前提がさまざまなところで崩れ始めています。たとえば、経済学において、「限界費用が正である」ということが大きな前提となっています。つまり、限界費用がゼロ以上であるということです。だからこそ、限界費用と同じレベルで価格を設定するというロジックが成り立ちます。
しかし、今起きていることは、デジタル技術の進展に伴い、限界費用が限りなくゼロに近づいているという現象です。たとえば、今この瞬間に、世界中で何億人という人たちがSNS上にメッセージや写真を上げていると思います。それらは、そのSNSのコンテンツになっていく。そのとき、SNS企業のコストは限りなくゼロに近い。
そもそもSNSにアップされるコンテンツをつくっているのは、あくまでもユーザーたちです。限界費用がゼロだと価格もゼロになる。そうすると、限界費用が正であるという考えを前提とした、今までの論理体系が成立しなくなってしまいます。
製造業がサービス化し
サービス業がモノ化する
そうした前提条件が崩れていく中で、日本企業はうまく対応できていると言えるのでしょうか。
藤川今は産業セクターとして、製造業か、サービス業かの違いがなくなってきている状況です。だからこそ、これからの経営者は、その背後に隠れた共通した価値づくりの論理を見つける必要性があるのです。産業セクターの垣根がなくなっていくということは、製造業がサービス化していく形もあれば、サービス業がモノ化していく方向もあるということです。
日本企業で、そうした事例はありますか。
藤川たとえば、ある建設機械大手は、同社がつくる建設機械に複数のセンサーがつけられ、稼働情報を確認できるシステムが標準装備されています。このシステムによって、どれだけの建設機械が現場で稼働しているのか、随時データが取れるようになっているのです。
その建設機械大手は、そのデータを分析して、人件費や燃料費のコスト削減など現場のマネジメントをサポートすることができるようになった。つまり、バリューチェーンの販売時点のその先の空白部分において、新たな価値づくりを進めてきています。
「使用価値」を最大化し
新たな価値に課金する
建設機械の稼働状況をデータとして一目で把握できるようになったことで、顧客企業のマネジメントにも、自社のマネジメントにも生かされるようになったのですね。
藤川こうした事象を私が研究する「サービス・ドミナント・ロジック」(S-Dロジック)というレンズで見てみましょう。これまでは、企業は、製品に機能や性能を与えて価値をつくり込み、製品を販売した時点で顧客に代金をいただくという視点で経営活動をとらえてきました。これは市場交換経済を通じて最大化される価値なので、「交換価値」と呼ばれています。また、製品が顧客の手に渡った後、顧客が商品やサービスを使用する際に取る行動については、これまで「消費行動」と称していました。これを「グッズ・ドミナント・ロジック」(G-Dロジック)と呼びます。
一方、S-Dロジックでは、顧客が商品やサービスの使用段階で取る行動も、すべて価値づくりの一部として考えるようになったのです。言わば、顧客と企業の活動が組み合わさって価値が共につくられていく。これを「使用価値」と呼んでいます。
これまでのG-Dロジックでは、交換価値を最大化することが経営のゴールであると考えられてきましたが、S-Dロジックというレンズで見れば、経営のゴールは「交換価値」の最大化にとどまらず、「使用価値」の最大化も追求することになります。さらに言えば、こうした使用価値に対して、どう課金をするのか。「価値創造」だけでなく「価値獲得(課金方法)」も経営課題として、非常に重要になってきているのです。