夏油温泉観光ホテルでは、源泉の温度などの条件が良く設備投資が抑えられたことに加えて、源泉管理を行政が担っているという条件にも恵まれた。しかし、地域によっては温泉利用権が土地所有者や自治会、温泉組合などが複雑に絡み合っていて、権利の譲渡手続きが難航するケースもあるという。
複業という起業のかたち
当然ながら、事業が軌道に乗るまでは、経営者の収入確保も大きな課題だ。その点では、木村さんのように本業を持つ人が、リスクを抑えながら関わることで、事業承継のハードルも下がる。「半年しか営業できない、というハンディキャップも本業があるからこそ乗り越えられる面もある。『複業』での起業には可能性を感じています」と木村さんは話す。 働き方改革や企業の副業解禁を背景に、ビジネスパーソンの働き方は多様化している。本業を続けたまま起業に挑めるなら、課題は山積しつつも解決の担い手が足りない地方にとってはメリットは大きいし、一方で、課題を発見し解決できる人材を育てたい企業にとっても、新しい可能性になるだろう。
また、複業での起業や事業承継には、本業の経験を活かせるという利点もある。「事業開発の手法や考え方、広報での経験が、宿の経営に生きている」という木村さんは「地域での複業は、大手企業で培った知見を地域に還元できる方法のひとつ」ととらえている。夏油温泉観光ホテルの経営安定にはまだ道半ばだが、スタートアップと連携して豊富に湧く温泉を濃縮して輸送し販売する事業など、冬の休業期間中も収益を上げる方法を模索しているという。
女将として宿を守る村岡さんと、東京と東北に拠点を持ちながら本業での経験を活かして事業開発を担う木村さん。それぞれの強みを活かし現在、注力しているのが、大手企業の研修での活用の提案だ。「夏油という静かで非日常的な空間の中での対話や共同作業は、日常業務の中では得られない気づきがある」と木村さん。2人それぞれの人脈で、都市のビジネスパーソンを山奥に誘おうと奮闘は続く。
女将業が板についてきた村岡さんは「毎日お客様から『ありがとう』という言葉を掛けてもらえて、大きな組織の中で働くのとはひと味違う充実感がここにはあります。この宿を訪れる多種多様な人たちと関わり合いながら、湯治宿の新しい形をつくっていきたい」。一人のSNS投稿から始まった宿の再生物語はまだ序章だ。
(前編:『「すれ違い困難な豪雪秘湯」 29歳で楽天チアに転身した彼女はなぜ「無期限休業の名湯」の再生に名乗りを上げたのか』)


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