しかし、ここで疑問が生まれます。
何も言わなければゲームや動画に夢中になってしまう子でも、親が「勉強しなさい」と言えば、とりあえず机には向かうでしょう。
短期的に見れば、「勉強しなさい」と言うことには効果があります。今日の勉強時間を30分増やしたいだけなら、言ったほうが早いことも多いと思います。
問題は、その働きかけを続けたときです。
親に言われて勉強することが当たり前になると、子どもの中で、勉強する理由が少しずつ変わっていきます。
「わかるようになりたいから勉強する」のではなく、「親に怒られないために勉強する」。
「できなかった問題を解けるようにする」のではなく、「決められたページまで終わらせる」。
そうなると、勉強は「理解するための行為」ではなく、「親を納得させるための作業」になってしまいます。
ここに、「言われてやる勉強」と「自分からやる勉強」の大きな違いがあります。
「学びのスイッチ」が入っているか
その違いを、僕は「学びのスイッチ」と呼んでいます。
これは単に、やる気があるかどうかという話ではありません。
「なぜこうなるのだろう」
「別の問題にも使えるのではないか」
「もっと覚えやすいやり方はないか」
そんなふうに、自分の頭で考えながら勉強できている状態のことです。
仕事に置き換えると、わかりやすいかもしれません。
上司から言われた仕事を、ただ「やらされている」と感じているときは、言われたことを言われたとおりにこなして終わりになりがちです。「もっとよくするにはどうすればいいか」と考えたり、新しいやり方を試したりする気には、なかなかなれません。
一方、自分が大切だと思っている仕事や、責任を持って取り組んでいる仕事であれば、細かいところにこだわります。誰に言われなくても工夫しますし、少しでもよくしようと考えます。
勉強も同じです。
自分から勉強に向き合っていると、世界史で学んだ知識が英語の長文を理解する助けになったり、数学で身につけた考え方が物理の問題につながったりすることに気づきます。
テストで点数が伸びなければ、「勉強時間が足りなかったのか」「覚え方が悪かったのか」「そもそも理解できていなかったのか」と、自分の勉強法を振り返るようにもなります。
こうした「つながりへの気づき」や「勉強法の工夫」は、勉強を自分の問題として捉えているときに生まれやすいものです。


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