実際、8月に法務省が更生保護をテーマにNetflixの人気恋愛番組「ラヴ上等」とタイアップした広報ポスターは、全身に入れ墨を入れた出演者らを大きく配した強いビジュアルで注目を集めた。しかし同時に「犯罪を美化しているのでは」という批判も招いた。
以前も指摘したように、あのポスターには、違和感を納得へと転換するための“ひと言”が欠けていた。強い違和感をひと目で喚起することと、それを好意的な納得へ着地させることは、別の作業なのだ。
綾瀬はるかのCMには“ひと言”があった
実は、今回のCMには、その“ひと言”がすでに用意されていた。「肌ってあなたの親友みたいなものだ」「エアリズムはもう1つの肌だ」というナレーションは、まさに“上半身裸”という強い違和感を、快適さという商品コンセプトへと着地させるための1文だったはずだ。
ところが、この“ひと言”は、法務省のポスターとは違う理由でうまく機能していなかった可能性がある。
CMは映像と音声がセットで初めて意味を成す。しかしXで拡散される際には、多くの場合、スクリーンショットとして切り取られた音声のない静止画で、肝心のナレーションだけが抜け落ちる。
今回のCMには文字で“ひと言”が入っているシーンもあったが、もちろん常に画面上に表示されているわけではない。実際に拡散された画像は、綾瀬が唐突に「裸の背中を見せている」という違和感のみが前面に押し出されていた。
違和感を解消するはずの“ひと言”が、拡散の過程で置き去りにされてしまう。違和感は伝わるが、着地点は伝わらない。これが、SNS社会におけるCMという媒体ならではの脆さなのかもしれない。
この“ひと言”の役割は、商品開発の理論とも深くつながっている。
コンセプトを象徴する具体的なモチーフを外見で表現する手法を「イメージ・モチーフ理論」と呼ぶ。筆者が資生堂在籍時に手がけた「Ag+(エージープラス)」は、この好例だ。
「銀イオンの殺菌力」という商品コンセプトを、銀色のボトルというモチーフにそのまま落とし込むことで、消費者は説明を読まずとも一目で商品の機能を理解できた。テレビCMなしで大ヒットしたのは、コンセプトとモチーフが寸分の狂いもなく一致していたからにほかならない。


※ログイン後、コメント入力が可能です。