「綾瀬はるかだから成立する」という言葉自体、実は特定の引き出しを開けた人だけの結論であり、別の引き出しを開けた人は、まったく共感していない。同じ映像を前にして、答えは最初から1つではなかったのだ。
CMに賛否はあっても、綾瀬はるか個人への批判にはつながらない
さらに興味深いのは、この違和感が綾瀬個人への非難にはほとんど発展していない点だ。
もちろん、どんなに批判があろうと、演出に沿って真摯に演技をしただけの綾瀬に非はない。しかし、それでも出演者も非難されてしまう事態は多々ある。ところが綾瀬についてはそれがほぼない。
ある対象への良い印象は、その対象の他の側面の評価にまで無意識に波及する。心理学ではこれを「ハロー効果」と呼ぶ(※3)。
コメント欄で最も支持を集めたのが彼女への擁護コメントだったことは、まさにこの効果を裏づけている。綾瀬に対する高い好感度そのものが、防護膜として機能しているのだ。積み重ねられた信頼のシグナルは、当人の評価をまるごと押し上げる働きを持つ。
しかし、行き場を失った違和感のエネルギーは、消えてなくなるわけではない。本来向けるべき対象に直接ぶつけられなかった不満は、より安全で身近な別の対象へと転嫁される。これは「欲求不満・攻撃性の置き換え」と呼ばれる、古くから知られた心理現象だ(※4)。
今回であれば、批判の矛先が、CMを報じる記事そのものへと転嫁されたのだと考えられる。批判が本人ではなく、周辺の誰かに向かう構造は、炎上・物議を分析するうえで見落とされがちな盲点だ。
情報があふれる現代、無数の投稿の中で足を止めてもらうには、ひと目で「違和感」を喚起させることも1つの有効な戦略だ(※5、※6)。


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