今回のケースは、ハラスメント対策が問われる時代において、「誰にどこまで情報を共有するべきか」という難しい課題も浮き彫りにしたと言える。
佐藤さん側のもう1つの問題としては、前述した通り、橋本さんを個人的に訪問して思いを伝えた点にある。撮影に入るまでマネージャーやプロデューサー経由でコミュニケーションを取っていたのであれば、それを踏襲し続けるべきであったと思う。
佐藤さん側としては、そのやり方に不満があったから、あるいは回りくどいと感じたから、直接橋本さんに直談判をしたのだろう。そのときの佐藤さんの見ていた世界や思いを想像すれば、そうした行動をとってしまったことも理解できなくはない。
「悪者探し」の暴走が、さらなる事態の悪化を招いた
今回の件は、特定の悪者が問題行為を犯したのではなく、“ボタンの掛け違い”が連鎖して起きたことであるように見える。もちろん、当事者の中には、落ち度があった人も少なからずいるだろう。
ただ、今回のように、多くの人が関わり、それぞれの人が見ている世界が異なり、それによってトラブルが発生した事案では、「誰それが悪い」という判断を下すのは極めて困難だ。
事実関係に対する誤認や曲解、認識の相違、あるいは表に出てこない事実の存在によって、責任の所在は大きく変わってくる。
実際、「身体接触が問題であった」と解釈した人たちが、そこを起点にまずは佐藤さんを攻撃し、佐藤さん側の反論が出た後には、橋本さんに批判を集中砲火する結果となった。当事者の間で、接触自体は問題になっていなかったにもかかわらず――。

