東洋経済オンラインとは
キャリア・教育 #日本の教育に 愛ある喝を

プールの水止め忘れで「自腹」の恐怖、安全管理を先生の頑張りに丸投げする異常な構造…自由時間・"洗濯機"にリスクあり

7分で読める
プールで遊ぶ児童たち
子どもたちに人気の「プール授業」だが、教員個人への負担が大きいことが課題だ(写真:akiko / PIXTA)
  • 樋口 万太郎 中部大学 現代教育学部 現代教育学科 准教授
2/4 PAGES
3/4 PAGES
4/4 PAGES

そもそも、特定の教員が損害賠償を負うおそれのある状況がある時点で、それは個人の落ち度ではなく、組織の設計、仕組みの設計の落ち度です。「ミスをしたら自分が払わされる」という恐怖の中では、先生がのびのびとした業務をできるはずがありません。

学校も「仕組みで防ぐ、役割を分ける」安全管理の常識を

回り続ける輪の中の一人を見失わずにいること。一日中、頭の片隅で「水を止めたかな」と反芻し続けること。どちらも、先生の集中力と記憶力という、限りある個人の資源に寄りかかっています。

ヒューマンエラーは「気をつければ防げる」ものではありません。「人は必ずミスをする」という前提に立って、仕組みのほうで防ぐ。もちろんプールに関しても現状仕組みによって防ぐことは行われています。

雷が鳴ったら水面から上がらせるなど、安全のために守るべきことはあります。しかし、天気を気にしつつ、少ない教員でプール授業を担当し、監視も指導も行うのは、限界があります。そのため自治体によっては、思いきって民間委託に踏み切る動きも出てきていますし、私はそれに大賛成です。

教員だけで授業を行う際は、自由時間をなくして最初から最後まで「ねらいのある活動」で構成し、全員の動きが見える隊形で行う。監視に徹する教員と、指導する教員の役割を分ける。これが現実的かと思います。

ほかにも水の管理の側では、自動で給水が止まるシステムやタイマーを入れる。専任の管理員を配置する。これが安全管理の常識です。

医療現場では薬の取り違えを複数人と機械で確認し、工場では人が間違えても危険が起きないよう装置側で止める。いずれも、現場の人間の善意や集中力をはじめからあてにしていません。

学校でも同じです。「特定の誰かが、忘れずに、頑張る」をやめて、「誰がやっても、たとえ忘れても、安全が保たれる」に変えていく。たったそれだけのことです。そしてこれは、働き方改革でもあります。

仕組みが守ってくれると分かっていれば、先生は注意力の余白を、本来注ぐべき子どもへ向けられる。属人性をなくすことは、先生の余白を取り戻すことなのです。

プール指導そのものを否定したいわけではありません。水と親しむ経験は、子どもにとって大切なものです。ただ、「楽しいから」「昔からやっているから」「気をつければいいから」で済ませてきたものの中に、見直すべきものは確かにあります。

全員を無事におうちに帰すこと。そして、先生を生贄にしないこと。この2つを同時に守るには、個人の頑張りではなく、仕組みの力が必要なのです。プールの授業を安全に、円滑に運営するための「仕組みづくり」を行う学校が、1校でも増えてほしいと願います。

東洋経済education×ICTでは、小学校・中学校・高校・大学等の学校教育に関するニュースや課題のほか連載などを通じて教育現場の今をわかりやすくお伝えします。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

キャリア・教育

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数