ドリフの笑いは本来、余分な説明を必要としていない。むしろ説明を挟まないからこそ、子供にも大人にも伝わった。それはテレビの画面越しでも直接身体に届く笑いだった。そこに「ここが面白い」という補助線を引きすぎると、かえって魅力が失われてしまうことになる。
今回の一件は、テレビ局にとっても示唆的である。過去の名作を再放送・再編集する番組は、今後も重要なコンテンツになるだろう。新作を作る予算が限られ、視聴者の世代も分断される中で、アーカイブはテレビ局に残された大きな資産である。
古い映像を信用することができるか?
しかし、その資産は、単純に現代バラエティのフォーマットに当てはめて活用すれば価値が増すわけではない。むしろ、何を足すかより、何を足さないかが問われる。過去の番組を現在に届けるために必要なのは、古い映像を信用する勇気である。
ただ、数字は無情である。これだけSNS上で批判の声が広がっていても、そういった声が実際の視聴率とは連動していないことはよくある。ワイプやテロップを入れたことで視聴率を取れたのだと判断されれば、このような形の番組作りはこれからも続くかもしれない。
とはいえ、批判の声が高まった事実を無視するわけにもいかない。番組制作者は今後も正解のない難しい舵取りを迫られることになるだろう。
