鳥巣さんが引きこもりについて関心を寄せるようになったのは、わが子の不登校がきっかけだったという。
鳥巣さんの息子は中学で不登校となり、そこから引きこもり生活になってしまった。息子をなんとかしたいと思えば思うほど、親子関係はぎくしゃくし、息子の気持ちも動かなかった。
思い返せば、鳥巣さん自身もわずかな期間ではあるが学校に行けないという経験があった。
鳥巣さんは中学卒業後、地元の進学校に進学、当時は難関国立大学現役合格も夢じゃないとまで言われていたが、入学してしばらくたつと、バイクにハマり勉強がおろそかに。
入学時、1桁台だった順位はどんどん下がった一方で、遅刻と欠席の数は学年で1、2位を競うくらいになっていた。将来のことを考えることもできず、なんとなく、バイク仲間や先輩と麻雀をする日々を過ごしていた。
卒業を迎えるころになると、当然、周りは大学に進学したり、就職したりしていく。そこでようやく、自分もみんなに追いつかなければという思いになった。
卒業後は大学進学を目指して予備校に通った。1日14時間勉強し、なんとか大学に進学するも、その後、大学に足が向かず行けなくなった。
「私の場合は行けなかった期間は10日ほどだったので、引きこもりというほどではないですが、それでも、その時はつらかったです」(鳥巣さん)
友人の寄り添いのおかげで再び大学に通うことができ、卒業して社会人となった過去がある。
「若い時って、こういう時期があると思うんですよ。そこに手を差し伸べてくれる人がいるかどうかじゃないですか?
引きこもりの息子を救ってくれたのは私の姉だったし、若いころの自分を救い、支えてくれたのは親戚のおじさんや、隣の家のおばさんや友人でした。親以外の人たちです。親はダメですよ。自分の子となると、どうしても感情的になっちゃうから」
「引きこもり家族の役に立ちたい」
息子の引きこもりを通し、同じ苦しみを抱える若者が世の中にあふれていることを知った鳥巣さんは、息子が予備校に通い始め、自立の一歩を踏み出したのを見届けると「引きこもり家族の役に立ちたい」という思いが膨らんでいった。
「自分の子の時には、何もできなかった。これは息子への罪滅ぼしかもしれません。うちもそうでしたが、引きこもりの子がいる家庭には、第三者の存在が非常に助かることがある。第三者の助けが必要なんです」
だが、近所づきあいも希薄な現代、その「第三者」を見つけるのは容易ではない。ならば、自分がその役割を担おうと決意したのだった。
自身にできることを棚卸ししたときに浮かび上がったのが「引きこもりの若者に対するキャリア支援」だった。IT企業で開発職として勤めていた鳥巣さんだが、勤めていた会社の方針で若手育成にも深く関わり、実践的なコーチング技術を身につけていた。
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【56歳で退職して新しい挑戦へ】
