スイミングスクールに通わせるというのも、もちろん有力な選択肢だ。ただ、現実問題としてすべての家庭がスイミングスクールに通わせられるわけではない。費用や送迎の負担、子ども自身の適性など、それぞれの家庭に事情がある。
だからこそ「習わせていないから何もできない」と考えるのではなく、“家庭でできる最小限の備え”を積み重ねていくことが、これからの時代はより重要になっていくのではないだろうか。
さらに言えば、水に関するリスクを正しく理解することも大切だ。川や海は見た目以上に流れが速いこと、足がつかない場所では急に恐怖心が強くなること、天候や時間帯によって水の状況は大きく変わること。こうした知識を親子で共有しておくだけでも、いざという時に危険を回避できる可能性は高まる。
かつては学校が担っていた『水と安全に関わる教育』は、今静かに家庭へとその役割を移しつつあるのかもしれない。
失われつつある“命を守るための経験”
もちろん、本来であればすべての子どもが平等に水泳教育を受けられる環境が整っていることが理想だ。プールの老朽化や教員不足といった構造的な課題に対しては、行政や社会全体で向き合っていく必要があるだろう。しかし、その議論を待つ間にも、子どもたちは日々成長していく。
「学校でやってくれるはず」という前提が崩れつつある今、私たち大人はその現実を受け止めた上で、できることを一つずつ積み重ねていくしかない。
“泳げない子ども”が増えているという現状は、単なる運動能力の低下ではなく、“命を守るための経験”が失われつつあることの裏返しでもある。だからこそ、今問われているのは「子どもに泳ぎを教えるべきかどうか」ではない。
“水とどう向き合い、どう生き抜く力を育てるか”。
その問いに対する答えを家庭の中でどう形にしていくのかが、私たち親世代に求められているのではないだろうか。
