三吉彩花への反応は、大野とは異なるメカニズムが動いている。
上位コメントをよく読むと、純粋な批判というより「仕事への影響を心配する現実論」と「キャリア選択への疑問」が混在している。
三吉彩花への反応は「採点型」メカニズムが働いた?
《役者が安定していれば、役柄やイメージが絞られるタトゥーなど、普通は入れない。本人なりの浮上策だと理解するけど、好手とは思えない》
《そもそも今まで特に話題性はなく立ち位置も薄かったからキャラ変更かな》
これは心理学でいう「シャーデンフロイデ(他者の失敗や失墜に快感を覚える感情)」と「評価的減点思考」が組み合わさった反応だ。
容姿端麗で仕事も順調な「成功者」の決断には、人は無意識のうちにより厳しい採点の目を向けやすい。
「素材がいいのに入れ墨のせいで、そのよさを消してしまう気がします」といった反応は、まさにこの「厳しい採点」を象徴している。
さらに「逸脱制裁」の心理も加わる。
社会規範を破った者を正したいという本能は人間に普遍的に存在し、日本ではタトゥーに対する「反社会的」という認知フレームが根強いため、批判が「もっともな指摘」として正当化されやすい。
三吉彩花の場合、「反社」批判より「仕事への現実的影響」という口実のほうが社会的に受け入れられやすく、それがコメント欄の上位を占めたのだろう。
ではなぜ、エド・シーランのタトゥーはほぼ問題視されないのか。理由は3つある。
第1に、エド・シーランには「さわやかで清純」というハローがそもそもない。「個性的なポップ・ロック系アーティスト」というイメージにタトゥーは矛盾しない。逸脱ギャップが生まれにくいため、「幻滅型」の炎上が起きない。
次ページが続きます:
【炎上するかしないかを決める3つのポイント】
