しかし、少し立ち止まって考えてほしい。タトゥーは違法でも何でもない個人の自由だ。
イギリスのシンガー・ソングライター、エド・シーランは全身に無数のタトゥーを入れているが、炎上どころか「個性的でかっこいい」と称賛されている。なぜ、同じタトゥーなのにこれほど反応が違うのか。
そしてこれは芸能界だけの話ではない。
この「理不尽な差」の正体は、実は科学的に証明できる。「職場で長年かけて築いたイメージを変えようとしたとき、なぜ思わぬ抵抗を受けるのか」。われわれが日常的に直面する問題と、まったく同じ心理メカニズムが働いているのだ。
大野智に対するタトゥー批判は「幻滅型」
三吉彩花と大野智、同じ「タトゥー炎上」でもコメントの質が微妙に異なる。
大野への批判は「幻滅した」「私の知っている○○じゃない」という喪失感や裏切り感が色濃い。長年ファンとして積み上げてきた「あの人らしいイメージ」が崩された悲しみだ。
近年、あいみょん(25年8月に雑誌表紙でタトゥーを披露した)や長濱ねる(25年7月発売の写真集でタトゥーが確認された)といった、好感度の高いアーティストも炎上騒ぎが起きていたが、彼女たちに対しても同じような反応が見られる。
一方、三吉へのコメント上位に並ぶのは「役になりきる女優がねぇ」「役者が安定していれば普通は入れない」「浮上策だと理解するけど好手とは思えない」といった、成功者の決断を採点・値踏みする目線だ。批判そのものよりも「なぜこの判断を?」という評価的な視点が際立っている。
「見た目の科学」から見ると、この2つには明確に異なる心理メカニズムが働いている。
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【大野智、あいみょん、長濱ねるへの批判を生む理由】
