15年にアメリカのバラク・オバマ大統領(当時、以下同)が主導する形で包括的共同作業計画(JCPOA)が成立した。これは、イランの核兵器開発を防止するために同国の核関連活動に制約をかけ、その見返りにアメリカや欧州が対イラン制裁を解除することを規定したもので、イランと米・英・仏・独・中・露が合意した、極めて重要な取り決めだ。
国連安全保障理事会は同年7月、JCPOAを支持する決議を採択。これにより、イランに対する兵器関連の制限や経済制裁が段階的に解除される枠組みが導入された。
23年10月には、兵器関連の供与・技術移転などに関する制限が失効。そして、25年10月をもって決議に基づくすべての制限が解除され、イランに対する国連安保理レベルでの制裁措置は全面的に終了する予定だった。
しかし、トランプ大統領は18年5月にJCPOAから一方的に離脱し、対イラン制裁を全面的に復活させた。その理由は、ミサイル問題を含まないなど、合意が「不十分」であることだ。
止まらない「相互不信のスパイラル」
こうして相互不信のスパイラル(らせん構造)が始まった。イランはこれに反発し、ウラン濃縮度を60%以上に高めるなど、制限を超えて活動を再開した。
トランプ氏の後を受けたジョー・バイデン大統領はJCPOA復帰を模索し、21年にウィーンなどで交渉を行った。しかし、制裁解除の範囲や核活動の制限水準などで合意が得られず、交渉は断続的に停滞した。
そして、トランプ氏が24年に再選を果たすと、アメリカ軍は25年6月と26年4月にイランの核関連施設や軍事地下施設に対して、大型地下貫通弾(バンカーバスター)「GBU-57」を使用した軍事作戦を実施した。ナタンズのウラン濃縮施設やフォルドゥの地下施設、そしてブシェール原発周辺など、地下施設や遠心分離機に深刻な損傷を与えたとされる。
これを受けて、イラン国内では、NPTで「自国を守ることに失敗した」として、条約からの脱退法案が検討されるようになった。
トランプ大統領は、25年6月のイランに対する攻撃で核施設を「完全に破壊した」と主張。今年3月にはトゥルシー・ギャバード国家情報長官も、昨年6月以来「イランは(核開発に必要なウランの)濃縮能力を再建することは試みていなかった」とアメリカ議会で説明していた。
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【それなら、これ以上の攻撃は不要では?】
