また、芸能の仕事を始めたタイミングで、ミスコンで培ったSNS運用のスキルを活かして、個人事業として法人向けのSNS運用代行事業もスタートさせた。
芸能の仕事で自己表現の経験を積みながら、裏方もカバーする。まさに“二刀流選手”として、兼田さんは順調にキャリアを積んでいった。
ライブ配信やSNS運用が必須となっている現代のミスコンでは、セルフプロデュース力が求められる。しかし、セルフプロデュース力とは、単に「ライブ配信やSNSで注目を集める力」ではない。
「こういう発言をすれば、マイナスに捉えられるかもしれない」
「この場面で自分に求められているのは、こういう立ち回りだろう」
いわば、自分を客観視する力だ。
そして、その力は就活にも直結する。自己PRや面接での受け答えはもちろん、相手にどう伝えれば響くかを瞬時に判断できるようになる。さらに社会人になってからも、プレゼンや商談の場で物怖じしない度胸と、場の空気を読む力として活きてくる。
個人事業主として“新卒フリーランス”の道を目指したが…
モデル・MCの仕事とSNS運用代行の仕事を両立させていた兼田さんは、4年生では就活をしなかった。
「自分はどこでまできるのか確かめたかったので、就活はせず、休学して個人事業主として活動する道を選びました」
いわゆる、“新卒フリーランス”の道を目指した兼田さん。日本社会で新卒カードを捨てることはかなり勇気のいる決断だが、兼田さんにはその道を選ぶだけの自信があった。それは、ミスコンで培ったセルフプロデュース力があったからだろう。
何もかもが順調に進んでいたかに見えた。しかし、そんな兼田さんの挑戦は長くは続かなかった。
「4年生になる頃にはモデルやMCのお仕事も、SNS運用のお仕事も順調だったので、『どうせやるなら、今まで以上に本気で個人事業に取り組んでみよう』と思って、就活を止めて個人事業一本に力を入れ始めました」
当時の兼田さんは芸能と裏方の“二刀流”を実現していたため、収入面でも一般的なサラリーマンと同等の額を稼げる月もあったという。
「もっとコミットすれば、いけるんじゃないか」
手応えは確かにあった。だが、結論から言えば、兼田さんの挑戦は道半ばで終わった。
「当時の私は、周りの大学生よりも自分の収入が多かったので『自分はすごい』『自分はできる』って思っていました。でも、その稼ぎを何年も、何十年も継続することの難しさをわかっていなかったですね」
芸能も裏方もある程度のレベルには達した。しかし、そのレベルを何十年も維持して、安定した収入を得る未来が、兼田さんはイメージできなかったのだ。
加えて、兼田さんが休学した翌年は、新型コロナウイルスの影響でMCの仕事がほとんどなくなったことも大きかった。
「コロナがなければ、そのまま独立する道を進んでいたかもしれないです。それぐらいコロナのダメージは大きかったですね」
新卒フリーランスを目指すも、壁にぶつかった兼田さん。その後就活を経て、法人向けにマーケティング支援を提供するコンサルティング会社に新卒入社する。
学生時代のSNS運用代行などマーケティング支援の経験を存分に活かして、即戦力になれると思っていた。のだが……。
続く後編では、兼田さんの社会人以降の話を深堀りしていく。
