――映画『小学校〜それは小さな社会〜』では、運動会や音楽会などの行事の様子も多く紹介されています。
はい。あの部分はまさに、日本社会の縮図というか、社会と教育の関わりの原点が見えるところだと思ったからです。日本の小学校は、知識だけを学ぶ場ではありません。
掃除や給食当番、係活動、運動会、音楽会――そうした日々の活動の中で、子どもは自分の役割を知り、人との関わり方を学んでいきます。
私自身、今でも強烈に覚えているのが運動会の組体操です。当時は7段の巨大ピラミッドを作る時代で、何度も練習し、失敗を重ね、大勢の人の前でやり遂げたあの経験は、今でも忘れられません。
ただ、映画の撮影で今の小学校を見ていると、見た目は似ていても中身は確実に変わってきていると感じました。いろいろな行事も今の時代に合わせて、子ども一人ひとりの安全や主体性に配慮した形へとアップデートされているのも印象的でした。
個性が求められる環境でぶつかった壁
――その後、インターナショナルスクールを経てアメリカの大学に進まれます。
インターナショナルスクールでは、まず周りに溶け込むことに必死でした。幼稚園から通っている子や海外経験の長い子が多く、自分のように公立小学校にどっぷりいたタイプはあまりいなかったので、「そこで生き延びるために頑張る」という感覚に近かったです。その中で映像制作に出会い、ようやく自分の居場所を見つけました。
その後、ニューヨーク大学に進学しましたが、そこは映像制作のトップレベルの学生たちが集まる場所でした。インターナショナルスクール以上に、「個性がなければ生き残れない」と感じる環境で、むしろ自信を失うことのほうが多かったです。求められるのは、ひらめきやアイデアの強さ。そんな世界の中で、自分は何ひとつ爪痕を残せない気がしていました。
――個性が求められ、もがいた時期もあった。それでも、日本の小学校での経験は意味があったと感じますか。
私は、この順番でよかったと思っています。
まず日本の小学校で、協調性や、集団の中での自分のあり方を学ぶ。そしてその後で、個性を磨いていく。
逆に、先に「個性を出していい」と言われたあとで、「やっぱり集団に合わせなさい」と求められると、それはとてもつらいことだと思うんです。
小学生の時期は、まず「人と一緒に生きる感覚」を身につける。そのうえで、10代になってから自分の個性を模索しても、十分に間に合う。私自身の経験から、そう感じています。
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【アメリカで働くようになってから気がついたこと】
