しかし、対韓感情が悪化していた時期に、新たな問題が起こりました。排外主義的な運動の活性化です。2006年に結成された「在日特権を許さない市民の会」(在特会)は、国内に居住する在日コリアンに対し、ヘイトスピーチを行うなどの過激な活動を展開しました。数々の「実害」を受けて2016年にいわゆるヘイトスピーチ解消法が施行されました。裏を返せば、法律の制定が必要なほどの大きな社会問題となったのです。
その後、排外主義運動は衰退したものの、在日コリアンが暮らす地域での放火事件など、差別的な事件は散発していますし、ヘイト言説はインターネット上に氾濫し続けています。排外主義運動の登場は日本社会を大きく変えたといえます。
社会の「右傾化」が進むメカニズム
関連する事例を2つあげておきます。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」では、「表現の不自由展・その後」の展示作品が「反日」的であると問題視され、抗議活動が生じました。展示作品に慰安婦を表現した《平和の少女像》があったことが右派の反発のもっとも核心的な部分だったといえます*8。責任者であった津田大介は、「政治的主張をする企画展ではない。実物を見て、それぞれが判断する場を提供したい」と語っていましたが、開幕初日に約200件の抗議電話が殺到し、なかにはテロ予告や脅迫めいたものもありました*9。結果としてこの企画展は安全上の理由から中止されました。
さらに騒動を大きくしたのは、当時の河村たかし名古屋市長です。彼はこの企画展が「日本人の心を踏みにじるもの」だとして抗議活動を行っただけでなく、市の負担金の一部支払いを拒否、責任者である大村秀章愛知県知事をリコールする運動まで起こしました。
もう一つは2024年、群馬県が強制的に撤去した朝鮮人追悼碑の事例です。碑は戦時中に動員され亡くなった朝鮮人を悼むものでした。県議会も賛同し、2004年に建てられたものです。しかし、2012年ごろから「反日的だ」「政治的に利用されている」などとクレームが入るようになります。ついには設置許可の取り消しを求める請願が県議会で採択されました。これを受けて、県は碑の撤去を求め、碑を管理する市民団体と裁判にいたります。結果として県の主張が認められ、撤去が行われました。
この2つの事例とも、右派からの執拗なクレームに行政が対応する形となりました。行政の長や議会に右派的な志向を持つ者がいれば、それが通りやすくなりますし、そうした志向がないとしても、事を荒立てないために、安易に譲歩するケースは少なくありません。こうした行政のふるまい、そして、それを容認したり、無関心であったりする世間の風潮があるため、世論自体が「右傾化」していなくとも、社会の「右傾化」は知らず知らずのうちに進む可能性があります。

