俵万智が語る「嫌悪感あった『ラップ』に惹かれた」理由 和歌との意外な"共通点" 子どもがラップに興味を持ったのは「親子の言葉遊び」から…?

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ママと男の子
子どもを植物にたとえるなら、言葉は光であり水である(撮影:今井康一)
スマホとネットが日常の一部となり、顔の見えない人ともコミュニケーションできる現代社会は、便利な反面、やっかいでもあります。言葉の力が生きる力とも言える時代に、日本語の足腰をどう鍛えるか、大切なことは何でしょうか。俵万智さんの著書『生きる言葉』より一部抜粋し再構成のうえそのヒントをお届けします。
前編:『俵万智「今は写真・動画ではなく"言葉の時代"」の真意 なぜネットの「ごめん」は大事故になる? SNSは「違うルールの高速道路」のようなもの

息子との様々な言葉遊び

ところで、私がラップに興味を持ったのは息子の影響だ。高校生のころから大好きで、大学生になって上京してからはラップバトルにもよく出かけている。

ゲームに夢中で風呂にも入らないでいるときに「シャワーくらい浴びなさいよ」と声をかけたら「昨日風呂入ったっけ?」(webnokusoyaro)という最高なラップ動画を教えてくれたりする。思わず聞き惚れて、それ以上注意するのを忘れてしまった。言葉好きの母を懐柔するには、持ってこいの作戦だ(でも風呂には入れ)。

その息子とは、幼いころから言葉でよく遊んだ。たとえば初めて覚えたカタカナは『ドラえもん』の「ドラ」で、折に触れてドラ探しをした時期がある。こういう場合、子どもはドとラを分けて捉えるのではなく「ドラ」でワンセットというのが面白い。

歩くだけでドライクリーニング、ドラッグストア、ドライブスルー、けっこうある。家電量販店に入ればドライヤーにドラム式洗濯機。新聞をめくれば大河ドラマの記事やドラフトビールの広告。絵本にはドラキュラやドラゴンが登場する。あるとき、道路脇の看板に息子が目を輝かせて「ドラ、ドラ……」と近づいていったのだが、残念、「ラドン温泉」だった。

なぞなぞやしりとりも、道具なしで無限に遊べる。「パンはパンでも食べられないパンは、なーんだ?」の答えを探すことは、思えば韻を踏める言葉を集めるってことである。フライパン、鉄板、ジーパン。パンチ、パンツ、パンダ、パンフレット。時に息子は「くさったパン!」と言って得意そうにしていたが。

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