都市開発の新しいキーワード「迂回する経済」とは 渋谷の価値を維持していく多層的な仕掛け

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
左から荻野章太氏、吉江俊氏、嶋田貴司氏、安田啓佑氏
100年に一度といわれる渋谷の大規模再開発では、狭い駅前空間にも複数の広場に加え、それらを有機的につなぐ「公共的空間」を設置する予定だ。なぜ、東急は「竣工時の利益を最大化する」という方向とは異なる考え方を採っているのか。『〈迂回する経済〉の都市論』(学芸出版社)の著者である東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻講師の吉江俊氏と渋谷再開発に関わる東急のスタッフとの対話から、その理由を解き明かしていく。
*「パブリックレルム」とも呼ばれる。ここでは、公共空間と民地の境目がない通路として不特定多数の人々が利用できるオープンな場所としている

都市開発における「迂回する経済」と「直進する経済」とは

吉江 都市開発において、竣工時の利益を最大化するといった短期的な視点で、かつ対象とする空間範囲も敷地内で完結するような、これまで見られてきた多くのケースを「直進する経済」とします。では、その対比とは何か。そこで出てきたのが「迂回する経済」です。時間的な射程を長くとり、空間範囲も敷地内を超えてエリア全体の価値を高めることを目指す。そのエリアに関わる人々のパブリックライフを豊かにすることで、エリアの価値を高め経済を持続させる、という考え方です。

実はこれまでにも「迂回する経済」のアプローチを採る都市開発の事例はありましたが、それを表現する明確な理論とネーミングがなかったのです。『〈迂回する経済〉の都市論』の刊行後、「同じようなことを考えてました」という方々が続々と出てきた。この1年余りで40回以上、講演に招かれているほどです。行政も都市づくりの制度やグランドデザインをアップデートするタイミングにあり、「迂回する経済」の注目度が高まっているのではないでしょうか。

吉江俊氏 東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻 講師
吉江 俊
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻 講師
2013年早稲田大学創造理工学部建築学科卒、2015年早稲田大学大学院創造理工学研究科修了、2019年早稲田大学大学院創造理工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。早稲田大学講師、同大学リサーチイノベーションセンター講師などを経て現職。著書に『〈迂回する経済〉の都市論』(学芸出版社)『住宅をめぐる〈欲望〉の都市論―民間都市開発の台頭と住環境の変容』(春風社)

嶋田 まさに私も同じようなことを考えていた中の1人です。ご指摘のとおり、民間主導の都市開発では開業時の利益最大化がプロジェクトのゴールとなりがちです。しかし、私たちは単独のプロジェクト竣工をゴールとせずに、その先のまちの営みを常に見ています。というのも、私たち東急はまちづくり会社を標榜し、鉄道事業を手がけているため、都市開発の考え方や目線が先にあり、継続的に渋谷をはじめとした東急沿線の価値を維持・向上していくことを重視しているのです。そうした中で、出合ったのが吉江先生の本でした。企業として利益の確保とまちの成熟を両輪で進めるうえで、「迂回する経済」という言葉によって社内外でイメージを伝えやすくなりました。

実際、渋谷の再開発でも、本来であればいちばん高い賃料が取れる駅からつながる商業施設の入り口部分を「地下から地上へ、また隣のビルにつながる公共的空間」としています。その狙いの1つは、渋谷のまちで行きたい方向へのスムーズな移動を重視しているからです。谷形状のまちである渋谷の移動をデッキやエスカレーターで横にも縦にもつなぎ、商業施設とまちの結節点を増やすことで、建物の中だけで完結させずに、まち全体を回遊しやすくしたい。こうした、ある意味で短期的な経済合理性からかけ離れた取り組みができるのは、長年、渋谷とその沿線でまちづくり会社としての責任を果たしてきたDNAがあるからだと考えています。

嶋田貴司氏 東急株式会社 都市開発本部 渋谷開発事業部 開発計画グループ
嶋田 貴司
東急株式会社 都市開発本部 渋谷開発事業部 開発計画グループ

「空間」を「場所」へ変容させていく多層的な仕掛け

安田 渋谷の魅力を向上していきたいという思いは、ソフト、コンテンツづくりにも反映されています。私は、インディーズミュージシャンが渋谷駅周辺でパフォーマンスを披露できる「Shibuya Street Live」の企画・運営を担当しています。正式な使用許可を取得した場所で開催する公認のストリートライブなので、ミュージシャンの方々も安心して伸び伸びとパフォーマンスされています。私たちが、夢を追って一生懸命に頑張る表現者たちに活動の機会を提供し、応援することが、ひいては多くの人たちが街を訪れる動機づけになると考えているので、最終的には音楽に限らず、ダンスや大道芸など、多種多様な表現者・クリエイターにパフォーマンスしてもらえる場にできたらと思っています。

安田啓佑氏 東急株式会社 文化・エンターテインメント事業部 エンターテインメント戦略グループ 戦略担当
安田 啓佑
東急株式会社 文化・エンターテインメント事業部 エンターテインメント戦略グループ 戦略担当

荻野 私が携わっているのはアートの領域です。アートが持つ、私たち一人ひとりの中に眠るクリエイティビティを呼び起こす力を借りて、渋谷を拠点に、さまざまな都市・街・人を活性化すべく活動しています。また同時に、その活動をどう持続可能にするエコシステムを形成できるか、社内外の専門家や企業の皆さんと情報交換しながら日々模索しています。

ミュージアムで展覧会を開催するような作家から、中堅・若手作家、直接アートに関わっていないオフィスワーカーをはじめとした一般の方々まで、それぞれが生き生きと表現活動や発信ができる街が渋谷だと思っています。アートを起点に、こちらが何か仕掛けずとも、思いがけない何かが次々と立ち上がる柔らかく面白い土壌づくりを担っていると自負しています。

荻野章太氏 東急株式会社 文化・エンターテインメント事業部 エンターテインメント戦略グループ アート&カルチャー事業担当
荻野 章太
東急株式会社 文化・エンターテインメント事業部
エンターテインメント戦略グループ アート&カルチャー事業担当

嶋田 音楽やアートのほかにも、例えばSHIBUYA109前を道路規制し、道路上にやぐらを組んで開催する「渋谷盆踊り」にも関わっています。地元商店街と協力して、まちぐるみのイベントを企画し、多くの外国人旅行者が訪れる渋谷のど真ん中から、日本の伝統文化を発信しています。

渋谷盆踊りの様子
2025年8月に開催された「第6回渋谷盆踊り」の様子

吉江 地理学や都市計画学では、「空間」と「場所」は対比的に語られます。「空間」を利用することによって愛着が生まれ、「空間」に意味が出てきて、次第に「場所」へと変容していく。空間が場所化しなければ、周囲の人にとっては無関係なものになってしまいます。今、伺った3つのケースでは、幅広い人たちが関係を持つことができるよう多層的な取り組みをしているといえますね。

また、成功した強者のための空間ではなく、これから出てくる芽のようなものをすくいとっていくことも重要です。そうしたことを、渋谷という大きな商業都市で実現しようとしているのが、注目に値しますね。

荻野 新たな動きとして、渋谷3丁目にイマジナリーナラティブ(架空の物語)をコンセプトにした「Museum of Imaginary Narrative Arts[MINA/ミーナ]」が2026年4月1日にオープン予定です。このミュージアムは「イマジナリーナラティブ=架空の物語」をコンセプトに掲げることで、存在自体が「関わりの余白」となり、アーティストや専門家から、アートに興味関心がない方々、そしてアート作品から家具、植栽までが居心地よくいられる場を目指しています。美術館の展示室のベンチで美味しい食事を楽しむような時間を過ごし、いったん立ち止まり、心と身体がほぐれることで、思いがけない心の変化であっても楽しみ面白がれる。そういった場を、皆さんと育んでいけたらと思っています。

Museum of Imaginary Narrative Arts(MINA/ミーナ)
Museum of Imaginary Narrative Arts(MINA/ミーナ)

吉江 これまでのアートと経済の関係を考えると、絵画や彫刻などを投資対象として見てきましたが、それだけではなくアートを通した活動自体が何かしらの効果を生み、都市に影響を及ぼすことにも注目できます。そうした活動がもっとフレキシブルになり、そこから生まれる価値を都市開発の中に取り込んでいくような時代になってきたと感じました。

東急ならではの都市開発とは

吉江 都市をさまざまな高さの「視点場」から見ると、多くの気づきが得られます。例えば、渋谷のスクランブル交差点はそれだけでは混雑しているだけかもしれませんが、それを高い位置から見渡すことで、渋谷という街の象徴の1つとなり、それ自体が街の魅力となるのです。

嶋田 これからビルとまちをつなぐデッキが完成していくので、もっと多くの視点場が生まれます。渋谷の大規模再開発では、まちでの買い物や飲食、移動などさまざまなアクティビティをお互いに「見る」「見られる」の関係を作ることもテーマにしています。谷地形でまちの密度が高く、年齢も国籍も幅広い来街者が集まる渋谷だからこその視点です。その視点を意識すると、渋谷の魅力をもっと発見できると思います。

安田 公認ストリートライブを始めて1年余り、これまで150回以上開催してきました。開催場所(ベニュー)も10カ所ほど開拓しています。現在も週2回定例ストリートライブを行っていますが、ゆくゆくは毎日さまざまな場所で音楽が聴こえてくる街をつくっていきたいと考えています。夢に向かって頑張る人や、頑張る人を応援する人が集まってくるようになり、街角から新たなストーリーが生まれる。そのような文化が当然になじんだ街にしていきたいですね。

公認ストリートライブの様子
「Shibuya Street Live」はこれまで150回以上開催した

荻野 私たちの取り組みは、個のエンパワーメントだと思っています。個人が表現をすること自体、そこにエネルギーが生まれますし、表現や発信の総量が増えていくことで自然と街も活気づいていくのではないでしょうか。

吉江 東急は渋谷という街に根付いており、鉄道事業があるからこそ、この地に根を張り続けることになる。だからこそ、街を育てることに前向きだといえるでしょう。歴史的に見て、日本の都市計画で面白いのは、民間の鉄道会社が大きな役割を果たしていることです。沿線開発から百貨店の創設、ターミナルステーションの拡充など、都市開発では約100年の蓄積があるのです。

嶋田 渋谷は歴史的なまちの成り立ちとして、狭いエリアに鉄道と商業施設が密集しています。鉄道と商業施設、そしてまちとの連続性をどうつくっていくのか、あるいは歴史的なまちの資産や渋谷特有の界隈性をいかに残していくのか。考えなくてはならないことが多岐にわたり、視野を広げながら多様な関係者との連携を大切に日々の業務に取り組んでいます。

吉江 渋谷の再開発によって、将来的にさまざまな多様性を受け入れるようなパブリックスペースのネットワークが生まれることを期待しています。これまでの渋谷は、ストリートという単位で街が成り立っていましたが、再開発でどんな新しい単位が見いだされるのか楽しみですね。

渋谷の再開発は、まさに日本の都市再開発の底力を示すもの。東急が歴史的に培ってきたノウハウを基に、沿線の地域も含めて、これから多くの街とつながるようなトータルなデザインを示してほしいと思っています。

嶋田 いまの渋谷だからこそできる新しいチャレンジを続けながら、今後も皆さんとともに渋谷を魅力的で多様性のあるまちにしていきたいです。

渋谷再開発について詳しくは、こちら