「コスト」ではなく競争戦略として脱炭素を考える 再エネ拡大の潮流に乗るためには、何が必要?

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東京大学大学院 新領域創成科学研究科 サステイナブル社会デザインセンター センター長/教授 亀山康子氏
東京大学 大学院 新領域創成科学研究科
サステイナブル社会デザインセンター センター長/教授
亀山 康子
世界で異常気象が深刻化する中、脱炭素化への動きは加速している。しかし、日本国内を見渡せば「電気代の高騰」や「ガソリン価格の維持」などに目が向き、普及が進んでいないことが課題となっている。最新の世界情勢と日本の現状、そして打開策について、サステイナビリティー学の研究者で、東京大学サステイナブル社会デザインセンター センター長の亀山康子教授に聞いた。

再エネは「高コスト」から「経済合理性」へ変化

――脱炭素をめぐる世界の情勢をどうみていますか。

気候変動課題はいまだ解決に向かっていませんが、政治的混乱の裏側で確かな「希望の兆し」が見えています。再生可能エネルギー(以下、再エネ)の爆発的普及です。かつてドイツが脱ロシア依存のために推進した再エネは、今や「経済的に合理的な選択」へと変化しました。

ヨーロッパでの普及により再エネにかかる技術コストが低減し、中東や新興国への普及によりさらに価格も下がりました。広大な土地を持つ国では、燃料を輸入するより太陽光パネルを導入するほうが安価だとされており、また産油国でも再エネに巨額の投資をしています。この潮流により、世界のCO₂排出量は増加傾向にあるものの、伸び率自体は想定よりも早く緩やかになってきているという状態です。

――では、日本における現状をどう総括されますか。

残念ながら再エネの普及は停滞しています。主に自然破壊という負のイメージの先行と、土地の制約が壁です。日本においては、消費地に近い「屋根」や「農地」を活用するソーラーシェアリングが適切な選択肢となるでしょう。

そして最優先は、省エネによるエネルギー消費量削減です。無駄を減らしたうえで、豊かな生活を維持するための代替手段を検討すべきではないでしょうか。再エネも、日本では晴れた日中に太陽光パネルで発電された電力が余ってしまい活用されていないなど、解決できるはずの課題があります。どの電源であっても長所と短所があります。一人ひとりが正しく理解し、考えを持つことが大切です。「どの選択肢を許容し、組み合わせるか」ということを社会全体で納得感を持って議論するプロセスが必要となります。

――議論のプロセスを形成するうえで、どんな課題があるのでしょうか。

大きな課題として、国民の脱炭素問題に対する意識の低さが挙げられます。多くの世論調査で、日本人の気候変動や環境課題への危機感は国際的に見て低いというデータが出ています。関心自体は以前と比較しても高まっているように思いますが、当事者意識が弱く、「他国が対策すればいい」「日本は省エネが進んでいるから十分だ」というマインドがいまだ根強くあるのです。

実際、日本は2040年度に温室効果ガス排出量を13年度比で73%削減するという目標を掲げましたが、この目標を達成するうえで、まだ国民全体が同じ方向を向いていない印象を受けています。こうした世論の空気は、企業の動きによって変えていく必要があるでしょう。この現状を社会全体で変えていこうという機運を生み出すことがカギとなるのです。

「気候変動について考える頻度」と「大企業の気候変動への対応に対する評価」に関するデータ

脱炭素社会実現へ、問われる経営者と消費者の危機感

――国民の当事者意識に課題がある一方で、民間企業の脱炭素に対する熱量はむしろ高まっているようにみえます。ビジネスの現場では今、どのような変化が起きているのでしょうか。

2020年の「2050年カーボンニュートラル宣言」を機に、日本企業の経営層の意識は大きく変化しました。脱炭素を新たな成長戦略に位置づけ、TCFD※1やIFRS S1号・S2号※2に基づく情報開示などを生き残りのための必須条件と捉え、日々邁進しています。

一方で、現場の実務担当者からは「上層部に意義が伝わらない」「他部署から一蹴されてしまう」という悩みをよく聞きます。こうした組織内の壁を打破し、長期的な成長を果たすカギとなるのは、トップの強い意志以外にありません。

うまくいっている企業は、トップが強い危機感を抱き、明確なメッセージを発信しています。脱炭素を「経営のOS」と位置づければ、組織全体が動きやすくなるのです。社内外に向けて強い旗印を掲げることこそ、リーダーが果たすべき重要な役割ではないでしょうか。

――大企業と中小企業では置かれている状況が異なりますが、その点はいかがでしょうか。

大企業は取引先が海外企業であることも多く、「行動を変えなければ取引先として認めてもらえない」という死活問題に直面している一方、中小企業の中にはまだそこまでの外圧を感じていない企業もあると思います。

しかし、今後はマインドセットの転換が不可欠です。1つの解として注目したいのが、地域ぐるみの取り組みです。例えば環境省が進める「脱炭素先行地域」のように、まちづくりとセットで脱炭素化を進める成功事例が増えています。単独でコストをかけて取り組むのではなく、地域全体で光熱費を削減し、まちの価値を高める「明るいストーリー」に乗ることは、大企業だけでなく中小企業にとっても大きなプラスになると考えています。

――最後に、この状況から一歩進むために、どのような意識を持つべきでしょうか。

私たち個人は社会を動かす「2つの主体」としての自覚を持つべきです。1つ目は「消費者」としての自覚です。日々の消費者としての選択が企業の投資判断を左右します。企業が巨額の投資をして環境配慮型製品を市場に投入しても、肝心の消費者が付加価値を認めなければ、企業の次なる投資を阻む最大のボトルネックになってしまいます。例えば高断熱住宅などの購入は単なる光熱費節約ではなく、脱炭素投資を後押しし、市場を変える一票となります。「質の高い未来を選択する」という発想の転換が必要です。

2つ目は「有権者」としての自覚です。欧米では、選挙のたびに気候変動対策が争点の1つとなりますが、これは、有権者による当事者意識の表れです。日本も、未来への一貫性を問い直さなければなりません。政治や経済、そしてそれを動かし支える私たちが同じ危機感を共有し、対話を重ねること。それこそが、今の停滞を打ち破り、日本企業がさらなる競争力を手にする唯一の道なのではないでしょうか。

※1  TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース):企業の気候変動への取り組みや影響に関する財務情報の開示のための枠組み(2023年10月に解散)
※2  IFRS S1号・S2号:ISSB(国際サステイナビリティー基準審議会)により23年6月に公開された国際的なサステイナビリティー開示基準。とくにIFRS S2号は、気候変動関連の開示について定義づけられている