心が疲れてくると、最初に壊れるのは「判断の質」です。
大きな失敗をするわけではない。ただ、小さなズレが積み重なっていきます。
当時の僕は「仕事を断る」という選択肢をほとんど持っていませんでした。
「求められるなら応えたい」「期待されているなら裏切りたくない」その思いだけでスケジュールを埋め続けていました。
本当は一度立ち止まって考えるべきタイミングだったと思います。
でも忙しさの中では、その余裕がありません。
気づけば「やりたいかどうか」ではなく、「できるかどうか」で判断するようになっていました。
忙しさは「心の異変」を見えなくする
厄介なのは、忙しい状態が続くと、それ自体が安心材料になってしまうことです。
予定が埋まっていると、前に進んでいる気がする。評価されている実感もある。
でも実際には、ただ消耗しているだけでした。
東京での収録や舞台稽古を終え、そのまま地元に戻って打ち合わせをする。移動中も次の段取りのことを考え、頭は常にフル回転です。
その生活が続くうちに、人の意見を冷静に聞けなくなっていきました。
少しの指摘に過敏に反応したり、余裕のない言い方をしてしまったりする。今思えば、それは完全に「心が疲れていたサイン」でした。
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【「もう少し頑張れば抜ける」】
