変革に向けた「攻め」の姿勢と、対話の重要性 NTTのCFOが語るリーダーシップ

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有限責任監査法人トーマツ 代表執行役 大久保 孝一 氏、NTT 代表取締役副社長 CFO 廣井 孝史 氏、デロイト トーマツ グループ CFOプログラム カントリーリーダー 近藤 泰彦 氏
日本を代表する企業のCFOに企業価値向上のための経営の要諦と、その中でCFOが果たしている役割をインタビューするシリーズ「The Power of CFO」。第2回は、全世界に900を超えるグループ企業を展開する日本電信電話(以下、NTT)を取り上げる。
通信から金融、再生可能エネルギーに宇宙ビジネス分野まで多様な事業を展開するNTTで経営の中核を担うのが、代表取締役副社長 CFOの廣井孝史氏だ。日本企業が生き抜いていくための戦略が求められる中、企業価値の創造に向けたCFOの役割や持つべき指針とは。
デロイト トーマツ グループ CFOプログラムの近藤泰彦氏、有限責任監査法人トーマツ 代表執行役の大久保孝一氏との鼎談でひもといた。

企業変革を実行に移す、CFOも「攻め」の役割を

近藤 廣井さんは2022年にCFOに就任されています。それまでのご経歴と、現在CFOとして管掌されている領域をお聞かせください。

廣井 私が入社したのは、NTTが民営化した翌年の1986年です。さまざまな部署を経験した後、通商産業省(現・経済産業省)や米国の金融機関に出向しました。米国の金融機関ではキャピタルマーケッツの仕事を通じて、資本主義のダイナミズムが米国の成長を牽引していることを肌で感じました。

米国赴任時の99年にNTTグループは持株体制へ移行しまして、私も帰国後はNTT(持株会社)の所属となりました。経営企画部門でグループ会社の管理やグループ全体の予算管理を担当した後、2014年から財務部門長となって、グループのキャッシュを持株会社で集中管理する仕組みなどを構築しました。

その後NTTドコモに移り、ドコモの100%子会社化を実現し、CFOに就任しました。競争の激しい携帯電話業界なので、自分たちの実施した施策が日々成果として感じられ、すごく面白かったですね。

そしてドコモから持株会社に異動となり、 NTTグループのCFOになりました。それからは、グループ全体、すなわちNTT東日本、NTT西日本、NTTコミュニケーションズ、NTTドコモ、NTTデータなどの事業戦略を策定するとともに、財務や人事などコーポレート機能全般を統括しています。

NTT 代表取締役副社長 CFO 廣井 孝史 氏
NTT
代表取締役副社長 CFO
廣井 孝史

近藤 CFOというと、会計や税務、財務管理といった「守り」の役割を中心に担う企業も少なくありません。しかし、御社は、戦略の構築や事業ポートフォリオのマネジメントといった「攻め」の色彩が強いように感じます。

廣井 意図的にそうしている部分はあります。NTTは情報通信を途絶させないという使命の下、まじめかつ実直なカルチャーが強い会社です。それが転じて、ルールや規制を必要以上に強く意識するところもあります。

例えば、NTT東日本・NTT西日本の固定ネットワークと、NTTドコモの移動通信ネットワークは、それぞれ市場を個別に育成するという考え方があります。同じ資本の下であっても、統合的な取り組みをしてはいけないという固定観念が、社員の中には根強く残っています。

しかし、マーケットのニーズは異なります。お客様は固定と移動の通信を融合的に使っています。私たちは適正に規制対応をしながらも、固定観念からは離れて、ニーズに合致したサービスを提供することで価値を高めていく必要があります。

社会の動きを敏感にキャッチし、ダイナミックに変える戦略を打ち出して社内にしっかり働きかけ、実行していく。それこそが、CFOの重要な役割だと思っていますし、そういったことを強く主張してきました。

大久保 日本ではCSO(Chief Strategy Officer)など、戦略担当が分かれている企業もありますが、海外ではCFOに戦略要素を包含させるモデルが多く見られます。NTTは海外に近いモデルだと感じました。

廣井 日本の会社は堅実な経営を重視する傾向があり、また、一度成功したビジネスモデルを大切にする傾向があります。それによって保守的になりすぎないように、CFOとしても戦略的な部分をあえて強く打ち出し、変革の推進を心がけています。

近藤 CFOとしての役割を担ううえで、これまでのどのような経験が役に立っていると感じますか。

廣井 自分の性格として、どのポジションであっても、やりたいと思うものを企画立案し、実行に移すということを繰り返してきました。主体的に動かしてみないと得られない経験は大変貴重であり、私自身の仕事に非常に役立っていると思います。

実践する過程で、壁にぶつかったり、異なる意見に直面したりすることもあります。そのタフな状況の中で、壁を乗り越える方法や周囲を説得するために必要なことを体得できます。また、困難な場面でも「負けるな」と手を差し伸べてくれる人が必ず出てくることも、経験しながら学んできました。

デロイト トーマツ グループ CFOプログラム カントリーリーダー 近藤 泰彦 氏
デロイト トーマツ グループ
CFOプログラム カントリーリーダー
近藤 泰彦

EBITDAを22年度比で20%増に成長させる

近藤 現在、「企業価値」への注目が高まっています。企業価値の向上のために、CFOとしてどのようなことに取り組んでいますか。

廣井 まさに現在、2027年度までの中期経営計画(以下、中計)で企業価値の向上に取り組んでいるところです。これまでの中計では、株主への利益還元の意味合いからEPS(1株当たり純利益)を重視してきました。

今は、よりキャッシュフローを成長させていくことに重点を置き、27年度までに、成長分野へ約8兆円の新規投資を行います。EBITDA(支払い前・税引き前・減価償却前利益)を、22年度比で20%増の、約4兆円に成長させる計画です。

投資をするからにはきちんとリターンを得ていかなければなりません。結果が出るまでにタイムラグが発生します。投資家のタイプによって、短期間で成果を求める場合や、中期的なリターンを許容する場合など、さまざまです。投資家との対話をしっかりと行うことが大切だと考えています。

近藤多種多様な事業を展開し、キャッシュフローを成長させるうえでも、事業ポートフォリオマネジメントが非常に重要だと感じますが、どのようなことに留意されていますか。

廣井 NTTは、通信事業者としては世界でもユニークな存在です。固定ネットワークとモバイル、NTTデータが提供するIT領域のシステムインテグレーション、モバイルのユーザーにご利用いただいている「dポイント」や「d払い」といったさまざまなファイナンスサービスまで、ポートフォリオとしてフルセットで持っているのが特徴です。

これは強みであるとともに、それぞれのポートフォリオがドライブするメカニズムが異なることに留意しなければなりません。例えばシステムインテグレーションは、数カ月から数年という限られたスパンで完了しますが、固定ネットワークは特定の地域に先行投資し、後から人が流入することでようやく回収できるビジネスモデルです。

求められるスキルも運用体制も異なりますので、各事業体に合わせたマネジメントを心がけています。

有限責任監査法人トーマツ 代表執行役 大久保 孝一 氏
有限責任監査法人トーマツ
代表執行役
大久保 孝一

大久保 900社超ものグループ会社を抱える中で、戦略を浸透させ、適切にマネジメントするのは難しいと感じますが、どのように進めているのでしょうか。

廣井 まだ途上にあるというのが実感ですが、中計をはじめ、事業戦略や価値観をシンプルかつ明確に伝え続けていくことが重要だと改めて感じているところです。社員との対話では、明確なメッセージを各事業体に合わせて発信することで、初めて実のある対話ができると考えています。

トップダウンのリーダーシップが企業成長に欠かせない訳

近藤 2027年度までに約8兆円の成長投資をしていくとのお話がありました。リスクテイクをためらう企業も多いですが、リスクを取るということについてどのようにお考えでしょうか。

廣井 当たり前ですが、ビジネスなので状況を適切に把握しながらもリスクを取らない限り、大きな成長は見込めません。重要なのは、どのくらい成長するかという目標と、それに伴うリスクを全社で共有することだと思います。

そこで欠かせないのが、トップダウンのリーダーシップです。今や多数のポートフォリオを適切に管理したうえで事業拡大を目指さなくてはならない時代です。その際は、リーダーがリスクを取りながら後押しをする必要があります。

そもそも、投資をした分だけクレジットにも影響が出ます。借り入れをする必要も出てきますので、財務にも負担がかかります。ボトムアップで判断できることではありません。

NTT 代表取締役副社長 CFO 廣井 孝史 氏

大久保 リスクテイクしながら成長を続けるためには、どんな人材を起用するかも重要なポイントになりますね。そうしないと、例えばPMI(M&A後の統合プロセス)もスムーズに進みません。

廣井 従来のような、3年ごとのジョブローテーションでは人材を育てるには難しいと思います。プロジェクトの企画に携わるだけでは、PMIなどを実践、経験することはできません。

たとえうまくいかなくても、主導的な立場で実行する経験を積むことで、ノウハウを身に付けられます。そのためには5年くらいの時間が必要ではないでしょうか。

プロジェクトの企画から実践までを経験すれば、リーダーにステップアップしたときにその経験を生かせますし、企業としての本当の成長につながります。

現在のポジションにとらわれずに人材育成を行う

近藤 最近は、CFOや事業部門の意思決定を支えるビジネスパートナーとして「FP&A」(Financial Planning & Analysis)の取り組みをしている企業も増えてきました。人材の育成や組織変革については、どのように取り組んでいますか。

廣井 従来は、ジェネラリストの育成が中心でしたが、グローバルでの競争が激化する中で、スペシャリストの育成も必要となっています。社員の適性と希望を踏まえて取り組んでいく必要があると思っています。

ファイナンス人材に関しては、グループのファイナンス機能を担っているNTTファイナンスで、オペレーションを中心としたスキルを磨けるようにしています。

ただ、さまざまな経営判断ができる「ポストCFO」になるには、予算やポートフォリオのマネジメントができる知識やスキルを身に付けなくてはなりません。経営企画や事業のフロントでM&Aやビジネスの推進に携わるなど、幅広い経験を積めるように配慮しています。

大久保 現場の社員からすると、どの部署にいても「ポストCFO」になれるチャンスがあるということでしょうか。

廣井 そのとおりです。希望と能力に応じたキャリア開発には柔軟に取り組んでいます。これは、私自身の経験も影響しています。私は比較的長く外部に出向していましたので、主流のポジションを歩んできたわけではありません。

その経験から、主流の事業部門以外にもさまざまなノウハウやスキルがあると感じています。ポジションにとらわれることなく社員の能力や意欲を見極め、活躍してもらいたいと考えています。

投資家の目線に合わせて対話を積み重ねる

NTT 代表取締役副社長 CFO 廣井 孝史 氏

近藤 昨今、「マルチステークホルダー主義」という言葉が使われるなど、ステークホルダーの多様性も増しています。そうした中で、ステークホルダーからの期待にどのような変化を感じていますか。

廣井 CFOとして期待の変化を如実に感じるのは、投資家との対話においてです。直近では、環境問題に対する目線が少し変わってきました。一部の国では、再生可能エネルギーの活用がスローダウンしているようにも見えます。

もちろん、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みは進めなければなりませんが、企業価値の創造を損なわないよう段階的に行うべきだという声は投資家から聞きます。

企業価値の創造という点で、投資家が最も注目しているのはガバナンスでしょう。経営層の女性比率を上げるなど、多様なバックグラウンドを持つ人材をそろえることが大事です。それが、より的確な経営判断につながり、企業価値向上にも直結します。

サイバーセキュリティーへの関心が高まっているのも大きな変化です。AI駆動社会となってきた中で、サイバーリスクが増大していることを投資家も重視しています。「どのようなサイバーセキュリティー対策をしているか」、これが企業と対話する際の最初のチェック項目になってきているようにも感じます。

近藤 ステークホルダーの期待の変化に応えるため、どのような取り組みをしていますか。

廣井 もちろん、今述べた課題にはすでに取り組んでいます。通信事業者として、セキュリティー対策は随時強化していますし、ダイバーシティーも推進してきました。

また、ステークホルダーの声に耳を傾けて、これらを事業戦略に反映させていくことも重要です。環境問題やガバナンス、サイバーセキュリティーに取り組むことが、いかにして企業価値に貢献するのか。

ステークホルダーとの対話を戦略立案の糧として、しっかりと戦略を実行していくことが、CFOという仕事の醍醐味だと感じています。

大久保 資本市場と向き合い、その声を社内に伝えて変革していくことが、CFOの果たすべき重要な役割であると理解しました。

廣井 異なる領域をつなぐ“インターミディエーター”といえるかもしれません。というのは、中計で掲げたように、社内は成長に向けて舵を切っているものの、それが数字に表れないと投資家は評価してくれないからです。

それぞれ想定している投資期間が異なりますので、実際に結果が出るのは5年後でも、投資家は3年先に目線を置いているということだってあります。その違いを認識したうえで投資家の目線に合わせて対話を積み重ね、自社の企業価値を正しく評価してもらうのが、CFOの重要な仕事の1つだと思っています。

ステークホルダーの声を社内に還元するのもCFOの役割

大久保 そうしたステークホルダーの期待の変化をキャッチするため、心がけていることはありますか。

廣井 多面的な角度にアンテナをしっかりと立てることは強く意識しています。IR活動を積極的に展開するのはもちろん、ステークホルダーとのコミュニケーションも積極的に取っています。

またテクノロジー系を中心にカンファレンスにも足を運んで、最先端の動向をつかみつつ、さまざまなオピニオンリーダーとの接点も増やしています。

そうやって得たことは、しっかりと社内へフィードバックしていきます。ステークホルダーの声を聞き、戦略に反映しながら、社内に還元するというサイクルを回していくことが私の仕事のやり方ですし、CFOの役割を果たすうえでの基礎となっています。

近藤 最後に、廣井さんがCFOとして大事にされていることを教えてください。

廣井 大切にしているのは、どんなことがあっても、つねに前を見て目線を上げること。努力を積み重ねることで未来は開き、未来志向でやっていくことで困難を乗り越えていけると思っています。「努力している人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」という言葉はいつも心の中にあります。

近藤 今日は、NTTという巨大組織の変革を進めていくうえでのCFOとしての役割や取り組みについてお伺いしました。アンテナを多角的に広げ、さまざまなステークホルダーと対話を積み重ねて事業戦略に反映し、実行していく。そして、リスクを取って投資を行い、成長へと導くことがCFOとしての重要な役割であると感じました。本日はありがとうございました。

>第1回 The Power of CFO「経営の未来を支える、財務戦略とリーダーシップ 富士フイルムHDのCFOが語るビジョン」

>デロイト トーマツ グループ CFOプログラムについて