必要なのは「テクノロジー=チャンス」という考え方

――教育現場ではICT環境の整備が進んでいます。教育のデジタル化は着々と進んでいる印象ですが、課題はありますか?

田村学教授(以下、田村) デジタルツールの利活用に課題があると考えています。現在、公立の小中学校では「1人1台端末」が実現し、ICT教育の環境は整いました。一方で、教科の授業における端末の利用頻度や活用状況は十分とはいえません。この現状を解決するには、教育現場で積極的にデジタルツールを利活用する姿勢が重要です。

自治体や教育委員会によっては、教員向けにICT研修会を実施するなど働きかけを強めているケースもありますが、基本的には学校の自助努力に委ねられています。若年層の教員は比較的デジタルツールになじみが深く、利用もスムーズですが、経験豊富なベテラン教員の中にはハードルの高さを感じる方もいるようです。幅広い年代と価値観を持つ教員で形成される学校組織に、デジタルツールを使いこなしていく流れを醸成することが大切だと思います。

佐々木 亮輔
佐々木 亮輔氏
PwC Japan グループ チーフ・ピープル・アンド・カルチャー・オフィサー、PwCコンサルティング合同会社 執行役常務
20年以上にわたり、企業の組織再編、組織文化改革など国内外のさまざまな変革プロジェクトに携わる

佐々木亮輔氏(以下、佐々木) デジタルを活用する姿勢は、教育現場だけではなく一般社会でも重要です。PwCのグローバル調査(※1)の結果によれば、職場に導入される新たなテクノロジーに順応できるかという質問に「自信がある」「とても自信がある」と答えた回答者は、インドでは半数を超える68%、米国では40%だったのに対し、日本ではわずか5%でした。

PwCは、社会をよくしていくためには人ならではの発想力や経験とテクノロジーの力を掛け合わせること(Human-led, Tech-powered)が重要であり、「テクノロジー=チャンス」と捉えています。一方、相対的に日本ではテクノロジーに対して後ろ向きです。今後も当然、テクノロジーは進化の一途をたどるはず。その進化を追いかけながら、「社会にどう取り込むか」という発想を持つことが、これからの社会を担う次世代に求められています。その観点からも、デジタルツールを含めたテクノロジーを「脅威」ではなく「チャンス」だと捉えるマインドを、義務教育の中でも育むことが大切ではないでしょうか。

超速変化の時代を生き抜くカギは「探究力」と「共感力」

――将来、今ある仕事のうち多数が失われたり、形が変わったりする、あるいは新しい仕事が創出されると予測されています。こうした大きな変化を前提に、どのような力を身に付けるべきでしょうか。

田村 学
田村 学氏
國學院大學 人間開発学部 初等教育学科 教授
文部科学省 初等中等教育局視学官として学習指導要領の作成に携わった経験を持つ

田村 直近でいえば、コロナ禍を通して世界中が正解のない問題に直面し、解決の糸口を探る経験をしています。大人が四苦八苦する姿を目の当たりにした子どもたちは、正解のない問いに向き合い続ける姿勢の必要性を感じたのではないでしょうか。

激しい変化が起こりつつある今の社会では、自ら問いを立て、課題を設定し、その解決に向けて粘り強く取り組むスキルや、多様な他者とコラボレーションするスキルが必要不可欠です。現在の学習指導要領は、昔のような暗記・暗唱を主流とした教育からは離れ、どの教科でも課題設定力や思考力、探究力、感覚的な違和感や気づきをもたらすエモーショナルな力を育むことを重視しています。学び続け、探究心を持ち続けることは、不確実性の高い時代を力強く生きる糧となるでしょう。

佐々木 AIはすでに、統計学的な処理をはじめとする左脳的な処理を精度高く行うツールへと進化を遂げています。そこで人間の仕事として重要度を増しているのが、右脳的な処理です。例えば「人々は何を課題として認識しているのか」や「解決後のゴールはどんな姿なのか」を可視化し、合意形成へ導くスキルがその1つでしょう。

こうしたスキルのベースにあるのが「共感力」です。自分が何を好み、どのような意見を持っているのかという軸がなければ他者を理解することは困難ですから、共感力は「自己認識力」とも相関していると思います。自分の感情の分析や、他者に共感する能力は「エモーショナルインテリジェンス」と呼ばれますが、これはAIが代替できないものの1つ。次世代を担う子どもたちにとっても、非常に重要な力だと思います。

田村 「エモーショナルインテリジェンス」は、学校で育める能力の1つです。教室では漢字や計算の勉強もしますが、授業を通して同じ目標に向かってチャレンジしたり、違う考えの友達と意見交換して新たな価値を生み出したりといった経験も培うことができます。こうした活動の価値を改めて見直し、確かな教育プロセスに乗せていくことは必要かもしれません。

他者承認に偏らず、自己承認を促す教育を

――内閣府の調査(※2)によると「自己肯定感が高い若者ほど将来への明るい希望を持つ」という相関関係が示されています。一方で、日本の若年層は自己肯定感が低いといわれています。その理由や背景、本質的な課題などについて考えを教えてください。

田村 自己肯定感には、「自己承認」と「他者承認」の2つがあると思います。他者承認の必要性ばかり強調されがちですが、自己承認も同じくらい重要なものです。私は、これまで過度に他者との競争が強調され続けてきた結果、子どもたちの自己承認が弱まってしまったのではないかと考察しています。学校の教育では成績や順位に焦点が当たりすぎて、個性が埋没してしまうことがあります。

佐々木 おっしゃるとおりだと思います。自分の意見を述べ、周りに受け入れてもらう機会が乏しいことも、自己肯定感が高まらない理由の1つではないでしょうか。学力を大きな評価軸とする教育を完全に否定するわけではありませんが、教育現場では「異なる意見を持っていてもいい。1つの正解がないこともある」と伝える機会も必要なはず。ビジネスの世界では、異なる領域の人々が互いに理解し合い、協力してシナジーを生み出してイノベーションを生むケースが増えています。日本でも、子どもの頃から意見を持ち、伝え合うことが重要だと思います。

田村 子どもたちが自分らしさを発揮し、その経験を通じて手応えややりがいを感じるというプロセスを繰り返せば、自己承認が育まれます。探究学習の時間では、教員と児童、生徒が協力して探究する経験を通し、他者承認と自己承認をバランスよく育てられると思います。高等学校学習指導要領の改訂で「探究」という名前がつく教科・科目が複数新設されるなど、探究は学校教育のトレンドになっています。全体としては好ましい方向に進んでいると思います。

佐々木 PwC Japan グループは、10 年後に必要とされる仕事やスキルについて考え、デザイン思考のプロセスを疑似体験しながら未来の仕事のアイデアを発想する「未来のしごとワークショップ」を実施しています。2023年10月からは、ワークショップの教材の無償提供を開始し、主に中学校の探究学習で活用いただいています。

背景として、PwCはグローバル全体で、世界をより変化に強いインクルーシブな場所にすることを目指し、「New world. New skills. 新たな世界。新たなスキル。」をテーマに掲げ、デジタルデバイドの解消に取り組んできました。「未来のしごとワークショップ」はこの一環で、次世代を担う人材がテクノロジーを活用した明るい未来を描き、変化に対応するマインドセットを育むために開発しました。対話中心のプログラムでエモーショナルインテリジェンスに働きかけながら、自ら問いを立て、学び続ける力の育成を目指しています。

次世代の育成は組織や業界の壁を越えて、社会全体が取り組むべき課題です。PwCはこれからも教育現場、教員の方々とのコラボレーションを通して、人材の育成に貢献していきたいと考えています。

>「未来のしごとワークショップ」について詳しくはこちら

※1 出典:PwC「デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版」
※2 出典:内閣府「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」

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