職員会議もTeamsで効果を上げる鹿児島市

GIGAスクール構想が始まる前から、学校の児童生徒用のパソコンや通信環境の整備率が全国一位だった鹿児島県(※1)。中でも県庁所在地の鹿児島市ではGIGAスクール構想以前から政令指定都市の中でもトップレベルの整備率を誇るなど、ICT教育に意欲的に取り組んできた(※2)。

鹿児島市教育委員会学校ICT推進センター所長の木田博氏は、県と市が連動して進めてきたICT教育環境についてこう話す。

「鹿児島県ではマイクロソフトの協力で、2021年度から県内43市町村に共通の『県域教育用ドメイン』を導入しています。その狙いは、どの地域でも同じドメインを使い続けられること。県内の公立学校であれば、自宅や転校先でも同じドメインとパスワードで学習プラットフォームにログインすることができます。教員が異動した際も、それまでの成果物をオンラインストレージから引き出して使えるようになりました。市町村としてはプライバシーポリシーの策定をする必要がなく、県が管理してくれるというメリットがあります。こうした環境のもと、鹿児島市では新しく学びのあり方をトランスフォーメーションしていく教育DXを目指しています」

鹿児島市では早くからICT導入を行ってきたが、コロナ禍を機に一人一台端末の整備が一気に進み、日常的に活用されるようになった。2021年8〜9月にまん延防止重点措置が適用されると(※3)、自宅への持ち帰り学習が始まった。

では、具体的に現場ではICTがどのように活用されているのだろうか。

「鹿児島市ではそれまで一部許可されていたUSBを取りやめ、情報のやり取りにはOne Driveを活用するようになりました。また、授業支援システムではカバーできないオンライン会議もTeamsで行っています。職員会議もTeamsを使えば、その場で『ここはこうした方がいいよね』と話し合いながら提案資料を変更できるため、印刷や修正の手間が省けます。また、子どもの学習プラットフォームとしてもTeamsを使っています。音読再現機能があるため、英語の発音や、国語の音読練習にも活用しています。教員がクラスのタイムラインに宿題を投稿し、児童生徒はそれを見て宿題をする、といった使い方もされていますね」

制限ではなくTry & Learnで力を伸ばす

児童生徒が自分専用の端末を使えるようになったことで、課題も明確になった。自分好みに設定し、学校の隙間時間や自宅でネットやゲームにアクセスしたり、チャットのやり取りでトラブルが生じたりするといったものだ。

「保護者の方から、『遅くまでゲームをやっているので、できないようにしてほしい』という声もありました。でも、今やスマホやゲーム機でもネットにつながる時代。ただ制限するだけでは、子どもは抜け道を見つけてアクセスします。身の回りにリスクがあるからこそ、大切なのは子ども自身がTry & Learnを繰り返しながら、より適切なネットや端末の使い方を学ぶことなのです」

そこで鹿児島市が取り組んだのが、デジタル・シティズンシップ教育(以下:DC教育)だ。これまでも各地で情報モラル教育が行われてきたが、それとはどう違うのだろうか。

「従来の情報モラル教育は、制限することで子どもを危険から遠ざけるものでした。一方、DC教育ではネットの有効性を教えながらいかに適切に使うかを考えるとともに、社会の構成員として調和共生するための資質を身につけようというものです」

しかし、現実問題として学校ではDC教育のための時間を捻出するのは難しく、また、教員が一から学んで教えるのは負担も大きい。

「しかし、やらないわけにはいきません。そこで、子ども自身が学ぶ環境を作ろうと考えました。今はネット上に情報が溢れ、子どもの方が詳しい分野もありますし、教員がすべて習熟して教える時代ではありません。みんなで一緒に考え、教員がファシリテートするDC教育を行うことにしたのです」

そこで鹿児島市では、令和3年度から経済産業省のEdTech導入補助金を活用し、市内の小中学校全校にオンライン学習プラットフォームの「DQ World」を導入。全体の4分の3の学校で研修を行い、昨年度末の時点で、4割の学校ですでに活用が行われている。

ちなみにDQ(デジタルインテリジェンス)とはIQのデジタル版で、デジタルスキルの国際規格のこと(※4)。DQ Worldを通じて子どもたちはゲーム感覚で楽しみながらDQを身につけていく。

必要なのはスキルと行動規範の習得

全国で350校の導入実績を持ち、鹿児島市の事例でも児童生徒・教職員・保護者に研修を行ったCyberFelix 取締役の髙橋秀幸氏はDQ Worldを使ったDC教育についてこう話す。

「子ども向けの研修では、デジタル世界の素晴らしさを伝えつつ、『デジタルヒーローになろう』と話しています。車を運転するには、最初にしっかり運転スキルや運転マナーを学ぶ必要がありますが、デジタルも同じ。デジタルをあらゆる側面から活用するには、スキルや行動規範、思考ルーティンを身につける必要があるよね、と話しています」

ICTと日常的に付き合う中で必要な資質を育むDC教育が注目されているが、実際に何を教えていいかわからないという人も多いだろう。

「従来の情報伝達型の情報モラル教育と異なり、DC教育は子どもが議論し、考えていくというもの。しかし、いきなり『フェイクニュースについてどう思うか』と問いかけられても議論はできませんよね。そこで、まずは必要な知識を身につけることから始まります。DQ Worldでは、ICTと付き合う上で必要なスキルや行動規範を八つに分類して体系化し、ゲーム感覚でそれらを学べるようになっています」

DQ Worldは隙間時間にできるため、長期休みの課題にすることもできる。また、「明日はこのテーマで議論をするから、DQ Worldのこの部分をやってきてね」と授業と繋げることも可能だ。

「子どもたちは『Teamsのタイムラインに書いたものは残るからこそ、何に気をつけるべきか?』など、正解のない問いを議論し、自分なりに判断する力を身につけていきます。そのため、先生の研修では『どのように現場に落とし込んで行くか』をお伝えするとともに、子ども主体の学びにマインドセットを変えていきましょうというお話をします」

髙橋氏によれば、DC教育のポイントは
① 育成したいスキルを明確にする
② 得意な先生に頼り切るのではなく先生全員が関与する
③ 知識伝達型から子ども主体の学びへの転換
④ 保護者との連携
⑤ DQスコア(データ)を教育に活かす
という5点がポイントだという。

鹿児島市の場合、すでに学習ポータルサイトなどを日常的に活用しており、ある程度のスキルがすでに身についていたことで、現場にもスムーズに活用が進んでいるという。

「Teamsに作られたコミュニティなどで先生同士が情報共有しているようです。鹿児島市の事例の強みは、教育委員会によるリーダーシップが発揮されていること。教育委員会によってDC教育に関するアンケートが行われ、その効果を実証されている点も素晴らしいと思います」。

DC教育が劇的に変えた子どもの意識

DC教育は、子どもたちにどのような変化をもたらしたのだろうか。前出の木田氏はこう語る。

「鹿児島市では昨年、子どもに人気の『Minecraft: Education Edition』(以下マイクラ)を導入したのですが、チャット機能で子ども同士のトラブルもあったため、学校から『もっと準備してからやりたい』という声が挙がりました。そのため、いったん利用を停止し、教員向けのマイクラ研修を行ったところ、『DC教育をやってからマイクラをやらせたい』という声が挙がりました。DQ Worldも昨年度から導入したのですが、4校350人にアンケートをとったところ、最も多かったのが『傷つける言葉を使わないよう気をつけるようになった』という回答でした。64%が『改善に役立った』と答えており、DC教育を始めて3〜4ヵ月ほどで『ネットやICTのトラブルに役立った』と答えています。今年の9月からマイクラも徐々に再開しています。DQが身につくと、子どもたちはいろいろなツールを効果的に使うようになりますね」

鹿児島市では今後もさらに子どもたちの情報活用能力を高めていきたいと考えているという。

「大切なのは、デバイスやクラウドを適切に使い、社会を形成する参画者としての資質を育てること。DQが身についていれば、仕組みが進化しても対応できるはずです。変化が激しく価値観が多様化した今、教員の経験と勘だけでは対応できないことも増えています。若い教員も増え、教育技術の継承も難しい部分があります。だからこそ、子どもが何を理解し、何が足りないかをエビデンスで示し、それに基づいた指導をすることが重要です。こうしたエビデンスをもとに、学校経営や教育政策も進めていきたいと考えています」

ICTが社会に欠かせないインフラとなった今、禁止や制限でネットの危険から子どもを守ることはもはや不可能だ。子どもたちが自分で考えながらTry & LearnでICTやネット社会との付き合い方を学び取り、社会の構成員としての資質を育てる鹿児島市のDC教育。実を結び始めたその挑戦は、今後も続いていくことだろう。

参考資料
※1 文部科学省 平成24年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1339524.htm
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/__icsFiles/afieldfile/2013/09/17/1339524_01.pdf
※2 文部科学省 平成28年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果

※3 鹿児島県 「緊急事態宣言」発令(令和3年8月13日〜9月12日)
※4 CyberFelix DQ(デジタルインテリジェンス)とは

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