学校でICTを使いにくくする思い込みとは?

高等学校教員としてGIGAスクール以前から学校でのICT導入を行ってきた栗原太郎氏。その経験を基に、現在はマイクロソフトの社員として日本各地の小・中学校、高校、大学などの教育機関におけるICT活用の相談に乗っている。その栗原氏に、多くの学校が直面しやすいICT教育の課題について聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「多くの学校には、ICTを利活用できる余力や隙間、ゆとりがありません。先生や教育委員会など、担当者の負担が大きく、何をやっていけばいいのかわからないというケースも多いです。運用の整備ができず、使える環境になっていない学校もあります」

本来であれば ICT を活用することで教員の仕事を効率化していくことが期待されていたはずだ。例えば、保護者への連絡や学級通信作成などの校務はさまざまなアプリを使うことで効率化できる。栗原氏はそうした具体策を「元教員が本気で考えた、働き方を劇的に変えるICTの小技10」にまとめ、発信している。最近では働き方を変えて、探究的な学校を目指すうえでの考え方をまとめた「学校の働き方は変わる!」といった興味深い冊子も作成している。

そんな栗原氏には、さまざまな相談が寄せられるが、学校関係者と話していて気になっていることがあるという。

「『うちは Google も使っていてすみません……』。教育委員会や先生から活用の相談を受けているときによく言われる言葉です。一方で、『うちはマイクロソフト製品しか使えないようにしてあります』と言われることもあります。

GIGAスクール構想を機にICT導入した際、購入する端末を1つに決める必要があった学校も多い。「『同じ会社のアプリや端末で統一して利用しなければならない』というイメージを持ってしまう人も多いようです。それが学校のICT導入にひずみを生み出す1つの原因になっているように感じます。先生たちの間でも Apple 派、Google 派、Microsoft 派といった、少し排他的な考えがなくはないように思えます」

私が「実はマイクロソフト社内ではさまざまな会社のアプリや端末が活用されていますよ』と言うと、皆さん非常に驚かれますね。そもそも私たちはいろいろな端末でいろいろなアプリを使うことを前提に製品・サービスを開発しています。これは『今はマルチデバイス、マルチアプリでさまざまなツールを選択する時代』という弊社CEOサティア・ナデラの思想と共通しており、社内においても社員に不必要に制限をせず、一人ひとりが使いやすいものを選択できることを重視することで生産性を高めています」

「これからは複数のアプリを必要に応じて導入し、目的に応じて使い分けるということが重要です。一方でさまざまなアプリを導入することで、管理の負担が増えてしまうという懸念が先生たちから多く寄せられています。また、私はセキュリティリスクも無視できない要素だと考えています」

教員を悩ませるIDとパスワードの管理

「教育アプリを使用するに当たり、学校では児童生徒それぞれにIDを発行し、パスワードを設定します。IDは、いわば『身分証』のようなもの。ICTに積極的な学校ほどさまざまなアプリを使用しますから、アプリごとに児童生徒それぞれのIDとパスワードを用意することになります。さらに、端末へのログインにもIDが必要です。つまり、1人の児童生徒が『身分証』をたくさん持っていることになるのです」

『身分証』が増えれば増えるほど、「IDやパスワードを忘れる」ことが十分起こりうる。しかも、学校では児童生徒の人数分、その可能性があるのだ。児童生徒がIDやパスワードを忘れたら、IDを再度教え、パスワードを再設定する必要がある。その際、「どのIDまたはパスワードを忘れたのか?」というところから確認しなければならない。

「IDやパスワード忘れの確認を教育委員会が行う場合もありますが、情報担当やICT担当の先生が対応している学校も少なくありません。そうした先生はパソコンが動かないなどのICTトラブル対応を求められますし、当然授業も持っていますから、手いっぱいなのが実情です。そんな状態で再設定がうまくいかないと、その間はアプリや端末が使えないため、授業や学習が進みません。結局、『設定や管理が大変なので、ICTを使わないでおこう』と先生方がなってしまうのは当然です」

多様なアプリを選択できる環境に

こうしたICTの利活用の低さが話題になると、聞こえてくるのが「教員のICTスキル不足」との声だ。しかし、大人でも複数のIDやパスワードの使い回しを避けて管理するのはなかなか難しいもの。「教員のICTスキル不足」で片付けてしまうのではなく、もっと根本的な教育ICTの環境整備が必要だと栗原氏は指摘する。

「さまざまなアプリや端末を自在に使うために有効な手段がシングルサインオン(以下、SSO)の導入です。SSOとは、1つの身分証でさまざまなアプリを使えるようにする仕組みです」

児童生徒にはそれぞれ1組のIDと初期パスワードが配布され、それを使えばID やパスワードをアプリや端末ごとに覚える必要がない。低学年の児童でも対応するデジタル教科書や教育支援アプリに簡単にログインが可能だ。

「アプリごとにIDとパスワードを使い分けると、その分、管理は難しくなりますし、パスワードの使い回しによる不正アクセスの際の被害の拡大を招くなどのセキュリティリスクが高まることも。また、パスワードの変更が面倒だからと、児童生徒全員が同じパスワードを使っているという学校もあります。この場合も誰かのアカウントが不正アクセスの被害に遭った場合に、ほかの児童のアカウントが乗っ取られるなど、影響範囲が拡大するリスクは高いですね」

こういったセキュリティリスクに対してどのような対策が必要なのか。

「SSOを活用してバラバラに管理していたアプリの『身分証』を統合すること、そして統合された1つの『身分証』で強力な認証を行うことがこれからの教育現場では重要です」

マイクロソフトによると、Microsoft 365 Education に含まれる Azure Active Directory では、『身分証』である Microsoft のIDに端末やさまざまなアプリケーションのIDを統合することが可能だ。また、標準で多要素認証を利用でき、それは統合されたアプリケーションへの認証にも利用できる。多要素認証を活用することでIDに関する攻撃の99.9%を防ぐことができるといわれている。さらに、不審なサインインをAIが検知し、自動的に認証の強さを変えることも可能とのことだ(※1)。例えば、学校でサインインした5分後に遠く離れた海外からのアクセスが行われた場合には、本人ではない可能性があると判断し、アクセスをブロックしたり、追加の認証を求めたりすることができる。このような不正アクセスに対する高度な防御は各アプリ側で備えることは容易ではない。統合された『身分証』を基にした強力な認証をさまざまなアプリや端末で使用することで、生産性を落とさずかつ安全なICT利用が実現できる。

文部科学省が2022年3月に改訂公表した「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」でもSSOの導入はパスワード管理の労力を技術的に減らすことも可能であり、運用効率化や運用負荷の最小化、セキュリティリスクの低減が期待できると明記され、学習ツールでの導入が推奨されている(※2)。

より深い学びの土台をつくっていく

「さまざまなアプリや端末をスムーズに使える前提でICT環境を整えることで、先生や児童生徒が使いやすいと感じたものや、授業や学びに適したものを導入しやすくなります。つまり、GIGAスクール構想が目指す、『ICTによる個別最適な学び』を実現しやすくするのです。SSOはさまざまなアプリや端末を使いやすくするICT活用の入り口になります。Microsoft 365 Education にはほかにもアプリや端末の管理ができる Microsoft Intune や校務支援システムから出力された情報をIDやTeamsと連携するための仕組み(※3)もあります。この仕組みを利用しデータの連携を行うことで、児童生徒の学習状況や成長度合いをさまざまな視点から解析しやすくなり、より深い学びへと導くことができるのです」

ICTだからできることはたくさんあるが、それを有効に活用するためには、最適な仕組みづくりが必要だ。さまざまなアプリや端末を使う前提にしたICT環境を考えることで、教育現場での負荷を減らし、かつセキュリティを担保した形で教育現場が目指す「より深い学び」を実現してくれるだろう。

Microsoft Education でのシングルサインオンについて詳しく見る

※1 文科省セキュリティーポリシーガイドラインにも書かれているリスクベース認証と呼ばれる機能である
※2 出典 文部科学省「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン
※3 School Data Sync(学校データ同期)は Microsoft 365 Education で提供される無料のサービス。生徒・教員の学校情報の付加に加え、保護者情報の追加による保護者連絡機能、追加オプションによる高度なデータ分析といった機能を利用することができる

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