「19時10分くらいに先生が来られますので、少々お待ちください」
私はある媒体の企画で、とある高名な方と対談をするために、出版社の応接室にいた。対談をまとめてくれるライター、カメラマン、担当編集者の方と歓談しながら弁当を食べていたが、約束の時間を10分ほど過ぎると、編集者が壁の時計を見ながら言った。
「ちょっと遅いですね。今日だったっけ? だなんて、先生、今頃晩酌中だったりして。ハハハ」
応接室の全員は、ブラックジョークとして笑い、話を続けていた。
19時半になると、編集者が「先生は時間に正確な方なんです。おかしいな」と言ってパソコンでメールを打ち始めた。
すると、その編集者は「うっ」と小さなうめき声を漏らした。顔色がみるみる変わっていく。私は病気やケガでもないのに顔色が青白くなっていく人を初めて見た。「血の気が引く」とはまさにこのことだと思った。
いつの間にか歓談は終わり、静寂の中でわれわれは、編集者を見つめていた。すると、顔をクシャクシャにして、頭頂部をかきむしり、「しまったぁ……」と天を仰いだ。起きている事態はだいたい伝わったが、私はたまらず聞いた。
「どうしました?」
「申し訳ございません! 私が先生に、いくつかの候補日から今日に決まったと最終連絡するのを失念しておりました」
「えっ、ほんとですか!」
私は反射的にそんなことを言い、ほかの人は「やばい」「まずい」「どうしよう」と言って焦っていた。というのも、対談の掲載日が迫っていたし、私の当面のスケジュールがこの日以外、全部埋まっていたからである。
腹が立たなかった
結局、20時すぎに全員で先生のご自宅に向かい、そこで対談を行うことになった。
深夜にどうにかすべて終了したが、編集者はその間ずっと恐縮して、「お詫びのしようもありません」「このような失態を演じ申し訳ない」と繰り返した。
だが、夜に突然大勢で押しかけられた先生も、対談相手の私も、まったく腹を立てていなかった。編集者の反省と謝罪のオーラを感じたからだけでなく、彼の善後策への決断が早かったし、それに対する調整がこまやかでスムーズだったからである。
失態を犯してしまったときは、自分に対する反省も、迷惑をかけた人への謝罪も、上司への報告も欠かせない。だが、最も優先すべきことは、失態による現場の混乱を、いかに小さなダメージで素早く収拾するかである。
翌日、その編集者の上司から非常に丁寧な長文の謝罪メールが来た。あらためてその先生と私の懇親の場を用意させてください、と書かれていた。
私がそのメールの返事を書き終わった直後、今度は編集者自身からの長文メールが届き、実に丁寧な謝罪が記されていた。心の中で正直、「しつこいな。返事を書くのが面倒くせえんだよ」と思いながら読んだ。すると、メールの最後に、こうあった。
「※当メールに返信はご無用です」
あ、俺の負けだ、この人とはまた仕事をさせてもらいたいと思った。






















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