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ビジネス #ディズニーの正体

ディズニー商店はこうして巨大メディアカンパニーになった 始まりは小さなスタジオ

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  • 有馬 哲夫 早稲田大学社会科学総合学術院教授

ウォルト・ディズニーが始めた小さなアニメーションスタジオが現在のような巨大メディアに至るまでには、どのような変遷があったのだろうか。それを明らかにするために、便宜上三つの時期に分けて見ていこう。

ウォルトは1901年シカゴに生まれる。その後、家族はマーセリンに引っ越し、さらにカンザスシティに移り住んだ。ウォルトはこの都市で弱冠22歳ながら、最初のアニメーションスタジオ「ニューマンズ・ラッフォグラム」を設立した。これが第1期の始まりだ。ところが、このスタジオは作品こそ作るものの劇場になかなか配給されず、利益も上がらず、1年で倒産してしまう。

夜逃げ同然でロサンゼルス近郊のバーバンクに居を移したウォルトはここで幸運に恵まれる。カンザスシティ時代に作った短編アニメーション『不思議の国のアリス』がニューヨークの配給会社に認められ、制作依頼を受けたのだ。ウォルトはこれに応えるべく、たまたまバーバンクにいた兄のロイを引き入れ、倒産後1年にして新スタジオを立ち上げた。これが「ディズニー・ブラザーズ・スタジオ」だ。

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