2000年代に入り、胃ろうの造設は急増しました。診療報酬の点数が加算されたこともあり、とにかく「食べられなくなったら胃ろう栄養にすればよい」と、もはや人工的栄養補給はやめて看取るのが適切な患者にまで胃ろう造設術が行われるようになりました。胃ろうは使い方が適切であれば有効な栄養法になりますが、終末期は通常、適応外です。
10年ごろになると、こうした状況を疑問視する声が一般の人やマスコミから上がり始めます。14年には、胃ろう造設に対する診療報酬が4割減らされ、病院にとってのインセンティブも薄れました。医療者にも終末期の過剰な栄養補給を控え、自然な最期を目指す人が出てきました。最終段階の胃ろうは、海外ではかなり以前から行われなくなっています。日本はずいぶん遅かったといえるでしょう。
ただ、胃ろうは減っても別の方法で最終段階に人工的栄養補給をしようとする医師は少なくありません。
一つはポートを造設して行う中心静脈栄養法。本来、薬剤の安定投与のために生み出された方法です。「胃ろうにはしないが、中心静脈栄養はどうか」と、医師が患者や家族に持ちかけることもあります。今年2月に亡くなった私の父は、大腸がんで大きな肺転移もあり、また老衰の最終段階でした。医師は画像診断と血液検査で「がんの最末期ではない」と判断し、「食べられないならば中心静脈栄養がよい」とおっしゃいました。医師には老衰で死ぬことに対する拒否感、「何かやらなければならない」という使命感が大きくあるようです。
また、人工呼吸器を装着している患者さんの場合、取り外せば短期間で亡くなります。かつて、人工呼吸器を外した医師が殺人容疑で書類送検された事件がありましたが、07年以降は終末期医療のガイドラインが整備され、当事者と関係者の間で合意が形成されるなどの条件を満たせば、人工呼吸器を外して看取りを行っても、刑法の問題で警察に踏み込まれることはありません。
この記事は有料会員限定です
残り 620文字
