生徒の好奇心に火をつける探究ゼミとは

都営地下鉄三田駅から徒歩2分のオフィス街。東京女子学園中学校高等学校の校舎内の教室の1つで、生徒たちが机を丸く並べて真剣に話し合っていた。中学1年生から高校2年生と学年もバラバラ。話のテーマは、ウガンダのスラム街の子どものために何ができるか。指導するのは青年海外協力隊に参加した経験を持つ教員だ。

これは、今年度から同校で始まったゼミ形式の総合学習「探究ゼミ」の1つ。ゼミは全部で15種類あり、中学1年生から高校2年生までの生徒が興味のあるものを年度ごとに1つ選択して受講する。ゼミのテーマは各教員に委ねられており、環境問題や金融、写真や文学、スポーツなど多彩だ。

地球温暖化、海洋汚染をテーマとするゼミでは、実際に中央省庁へのプレゼンに挑む予定だ

中学生向けオンライン教材を手がける出版社と組んだゼミもある。「つい勉強をしてしまう…そんな教材を作ろう!」をテーマに掲げるこのゼミに参加した高校2年生の生徒は、志望理由をこう話す。

「どうすれば自分が勉強を好きになれるか知りたくて参加しました。教材についてどう感じたか、私たちの意見を出版社の方がきちんと聞いてくれるのがうれしいです。実際に出版社にも連れて行ってもらったときには、ゼミの先生が名刺交換をする様子や働く大人の姿を見ることができて、すごく面白かったです」

ゼミは少人数で行われることもあり、教員と生徒の距離も近い。授業や部活動とはまた違う関係性が築かれており、違う学年の生徒たちが自由に意見を言い合い、時には笑いが起こる。積極的に意見を言える生徒に引っ張られる形で、意見を言えるようになる生徒もいるという。

自身も卒業生である教員の1人は「本校は穏やかで思いやりのある生徒が多い印象です。発言しやすく、価値観を共有しやすい環境では」と語る。こうした校風も、学年の違う生徒と教員が、1つのテーマについて自由に語り合う探究ゼミと親和性が高いようだ。

先端学習部部長 難波俊樹

同校の先端学習部部長の難波俊樹氏によると、探究ゼミでは一律のゴールを設けていないという。一般的な成績評価は行わず、個人やグループで成果物を作り、提出や発表を行う。

「生徒に研究させることがゼミの目的ではなく、何かに興味関心を持つ発火点になればと考えています。そのうえで、生徒が自分から何かを始めるというサイクルを回す。それが探究ゼミをとおしてわれわれが目指しているところです」

生徒は同じゼミには1回しか所属できない。そのため、中学1年から高校2年まで5つのゼミに所属することになる。1回目で発火しなくても、5年かけて自分の発火点を探せるというわけだ。

探究のテーマは幅広く、健康をテーマとするゼミでは、教員と生徒が同じ目線で課題に挑む姿が見られた

企業コラボプログラムで社会に触れ未来を考える

先端学習部副部長 唐澤博

同校では探究ゼミのほかに、DSDA(Data Science, Design&Arts)と呼ばれる探究学習のプログラムがある。これは、社会の課題解決に必要なコンピューターサイエンスやデータサイエンス、デザイン思考などを、中学1年から高校3年の間に体験を通じて段階的に学ぶというもの。近年、グローバルに活躍する人材育成を目指したSTEM教育やSTEAM教育が注目されているが、同校ではこれをさらに広げ、データサイエンスを軸に文理融合した、未来社会を創造する教育システムとしてDSDAを行っている。

DSDAには企業との連携プログラムも多数あり、生徒は社会の今と未来を体感しながら自分で考える力を養っていく。同校の近くに本社を構えるNECと共催した「未来創造会議×東京女子学園」ではNECの社員がメンターとなり、先端技術を使ってどんな未来をつくっていきたいか、生徒が主体的に考えていく。また、森永乳業と行ったプログラムでは、機能性素材を使った商品開発に挑戦。ほかにも、長野県駒ヶ根市と取り組む地方創生プログラムやJICAとのプログラムなども実施している。DSDAについて先端学習部副部長の唐澤博氏はこう話す。

「企業の本社が多いという立地を生かし、さまざまな企業にご協力いただいています。保護者や教員以外の大人の話を聞くことで多様な価値観に触れることができ、生徒自身の世界が広がっています。また、大人に自分の話をしっかりと聞いてもらうことで、『まじめな、いい大人が世の中にはたくさんいるんだ』という安心感を持つことができるのです」

中高6年間を有意義に使える教育システム

DSDAは、同校が進める教育改革のスローガンにもなっている。この教育改革を牽引するのは、2020年から東京女子学園中学校高等学校の校長を務める河添健氏だ。河添氏は「ジェンダー・ギャップが大きい日本を変える女性を育てたい」と話す。

校長 河添健

「そのためには男子は理系、女子は文系という固定観念を排除し、既存の教育システムにとらわれない新しい学びが必要です。とはいえ、受験勉強も否定しません。大切なのはいろいろな選択肢があり、自分で選べるということ。中学・高校は一生の友人ができ、人間関係を中心に価値観が形成されていく大切な時期です。その多感な時期に本校での6年間の学びを通して多様な世界と価値観に触れてほしいですね」

河添氏の言葉のとおり、東京女子学園では探究学習に力を入れる一方、一般選抜から学校推薦型選抜、総合型選抜とさまざまな受験スタイルに合わせた指導も行っている。放課後になると、職員室前のフリースペースでは、わからないところを質問する生徒や、書類の書き方を相談する生徒の姿が見られる。

2021年から中学校の学習プログラムの改革が進められ、とくに、中学校の3年間は基礎学力の強化に充てるという。その理由と狙いを河添氏はこう説明する。

「本校に入学する時点である程度の学力はついているのですが、公式を機械的に覚えているとか、知識はあるのに『なぜそうなのか』があやふやになっている可能性もあります。それを放置すれば高校の学力にも影響し、さらには大学にも影響します。そこで、中学校のうちに根本からしっかり理解できる学力をつけ、学力の積み残しを防ぐのです。そうすることで、中高6年間に有意義な学びができるでしょう」

生徒の好奇心を育む新校舎のデザイン

同校の教育に対する考えは、2023年に完成する新校舎にも表れている。新校舎では各階の中央にオープンスペースが設けられ、ゼミでの議論の続きやグループワークができるようになっている。また、美術室の前にアート系の本を配置するなど、校内の随所で気になった本を手に取れるようにし、生徒の好奇心を刺激し、主体的に動くことを促す。新校舎では、生徒が何かに興味を持ち、行動するためのさまざまな仕掛けが施される予定だ。

新校舎のエントランスの設計は建築家の隈研吾氏。新しい教育の理念を反映した空間となる

探究学習に取り組む難波氏と唐澤氏は口をそろえてこう語った。

「変化の速い今、未来がどう変化するかは誰にもわかりません。だからこそ、生徒たちが社会に出て40代や50代になったときに、家庭人としても職業人としても自分にとって幸福感あふれる生き方ができる人でいられること。それこそが、本校の教育の本当のゴールなのだと思います」

大学合格だけをゴールと決めつけてしまうのではなく、その先に続く人生を自分で選び、自己決定できる力を育てること。それこそが、東京女子学園中学校高等学校が進める探究学習の狙いだ。生徒一人ひとりの未来を見据える新たな教育がここにあった。

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