「パソコンは道具」を支えるたった一言の注意

2022年度に新設される高校の「情報I・情報II」の高度な教育内容も踏まえると、「1人1台PC」は、どんな性能でもいいというわけにはいかない。そこで、2016年に東京都のICTパイロット校に指定され、いち早く「1人1台PC」での教育を実践してきた東京都立三鷹中等教育学校を取材。高校でリアルに求められるPCスペックはどのレベルなのか、そのスペックでどのような学びが実現できているのかを探った。

能城茂雄(のしろ・しげお)
東京都立三鷹中等教育学校主幹教諭。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士前期課程情報システム学専攻修了。文部科学省学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者(共通教科情報)文部科学省高等学校情報科「情報I」「情報II」教員研修用教材検討委員、同WG委員。国際基督教大学の非常勤講師も務める。

もともと三鷹中等教育学校は、“開かれた情報教育”を実践していることで知られていたが、能城氏はその立役者的存在だ。2013年に着任してから、同校のコンピュータ室を常時開放。中学1年生にあたる前期課程1年生にITリテラシーの教育をしたうえで、IDとパスワードを付与し、いつでも自由にパソコンが使える環境を整えている。授業以外の時間はコンピュータ室に鍵をかけている学校も多い中で、なぜなのだろうか。

「私の情報科教員としてのモットーは『パソコンは道具』です。自分の考えをまとめたり、表現したりするのに便利な文房具と同様に、情報科以外の教科の学びや放課後の活動にパソコンを活用してほしいのです」

しかし、パソコンはある程度高額であり、あらゆる情報につながるデバイスでもあるため、自由に使わせることに抵抗を感じる教員もいるだろう。そうした懸念に対し、能城氏は次のように答える。

「パソコンを使わせることは、生徒たちの教育のために不可欠だと思っています。そもそも、社会のICT化が進む中で、これからは1人1台の情報端末を持つのが当たり前の時代です。社会人になればパソコンを使える能力は必ず求められますので、中学生・高校生の使用を規制するのではなく、『道具として正しく使う』という教育をすることが大切です」

東京都立三鷹中等教育学校のコンピュータ室。常時開放されており、生徒が自由に使うことができる

では、「正しく使わせるため」にどのような教育をしているのか。能城氏は、生徒一人ひとりの解釈で変わることのないように、シンプルなガイドラインを提示しているという。

「本校に入学した中学1年生には、まず『後ろに担任の先生が立っていると思いなさい』と言います。そして、『学びや学校活動に関係のあることならば何をしてもいい』と伝え、『担任の先生に怒られるようなことはやってはいけない、わかるよね?』と呼びかけるのです」

それだけで厳密に守るとは限らないが、一定の抑止力になるという。ただ呼びかけるだけではない。IDとパスワードを付与し、誰がどのように使ったか記録を残せるようにしているほか、MDM(※)やウイルス検知も併用。適切な使い方へ誘導できるシステムを構築しいているのだ。

※MDM:Mobile Device Management(モバイル端末管理)。アプリケーションや機能の利用制限・監視を一元管理できるシステム

処理速度が早くなければ「道具」の意味がない

公立学校にもかかわらず、緊急時に教育を途切れさせず、従来の教科教育をさらに効果的にさせるICTというスパイスまで追加している同校。「1人1台PC」の環境がなければ実現しなかったのは確かだが、それだけでは足りなかったと能城氏は振り返る。

「パソコンのスペックを上げたことが、今の成果につながりました。実は、2016年にICTパイロット校に指定されたときはほかに例もなかったので、堅牢性を重視したタブレット型パソコンを選びました。しかし、処理速度が十分ではなく、時には作業できるまで数分かかることもあったため、授業の流れを妨げたり、生徒の思考を止めてしまったりしたのです」

パソコンを使ったことがあれば誰でもわかるように、処理速度の遅さは作業が進まないだけでなくストレスにつながる。そこで能城氏は、2代目のパソコン選定時に「処理速度の早さ」を都の教育委員会へ要望。結果、ビジネスユースでも評判の良い高性能CPU「Core i5」を搭載したパソコンが新入生に貸与されることとなった。

「記憶媒体も、HDD(ハードディスクドライブ)より起動や動作が早くなるSSDを搭載していますので、道具としての使い勝手が段違いに向上しました。以前は『紙に書いたほうが早い』と生徒たちが判断することも多かったのですが、今は文句が出ることもなく、授業や課外活動で快適に使用しています。やはり、高校生が道具として使うパソコンは、思考に対して遅れることなくついていけるスペックが必須です」

高性能CPU「Core i5」を搭載したパソコンを採用。立ち上がりも早く、ストレスのない作業環境を実現

効率的かつ深い学びをサポートする道具としてのパソコン。知らないうちにスキルが磨かれていることに、卒業してから気づく生徒も多いようだ。

「今年の卒業生は大学でもオンライン授業を受けていますが、同級生とのITリテラシーの差に驚いたとの声が多く届いています。また、大学における情報科目では本校で学んだのと遜色ないレベルの内容なのに、同級生が苦労しているのを見て自らのスキルの高さを再確認できているようですね」

ちなみに、同校のICT教育がどのくらいのレベルなのかは、生徒が作成したこちらの動画を見れば一目瞭然だ。テレビCMを“完コピ”した作品は、基のICT教育水準が高いだけに、単なる撮影、動画の編集技術だけでなく、動画制作プロジェクトの過程を通して、チームでのコミュニケーションやコラボレーション、プロジェクト進行管理などマネジメント作業にもパソコンを活用するなど幅広く実社会でも役立つ課題解決能力全般としてスキルや能力が身につく。パソコンを道具として日常的に使うことがいかに有効か、雄弁に物語るコンテンツだといえよう。

出典:「キミのミライ発見」事例114
生徒の主体的な学びを促進するデジタル作品の制作
https://www.wakuwaku-catch.net/jirei19114/

コンピュータ室の一角には、カメラや三脚、スライダーなどの機材が所狭しと並ぶ

「自発的な学び」を支えるためのハイスペックPC

パソコンのスペックは、今後激変する情報科目に対応するうえでも重要だ。2022年度から『情報I・情報II』がスタートし、小中学校よりも高水準のプログラミングやネットワークなどを学ぶほか、高度な実習も行う必要がある。少なくともコンピュータ室ではデジタル技術の進化に伴い、ハイエンドなパソコンが求められ続けるだろう。しかも、社会のICT化が急速に進むことを考慮すれば、情報科の学びは全科目と横断的に結びつく基礎的な学びとなる可能性が高い。

「その意味では、両面の備えが必要になるでしょう。『情報』の授業をハイエンドな環境が整備されたコンピュータ室で行い、その他の教科の学びや学校活動は『1人1台PC』で行うようにすれば、シームレスに相互の環境で作業できます」

そう指摘する能城氏は、「その先」を見据えた取り組みにも着手している。

「生徒は大人が考えるよりもはるかに創造的で、素晴らしい成果物を作成します。ですから、生徒が何かをしたい、表現したいと考えたとき、環境や道具が揃っていないことは、彼らの可能性を潰すことになると思うのです。制限ばかりしてしまうと、やる気を失ってしまう。生徒が『自発的に学びたい』と思う環境を用意することが、私たちが想像する以上の才能を発揮してもらうためにも必要なのです」

コンピュータ室の本棚には、プログラミングや動画編集の参考書がズラリ

イメージとしては、コンピュータ室の一角に希望者が集うラボのような空間を用意したいと語る能城氏。そのためにはモニターもより高画質にして、大容量データをやりとりできるネットワークの整備も必要になるだろう。授業や生徒の思考を止めることのない「1人1台PC」、クリエイティブな作業もスムーズにできる「ハイエンド環境のコンピュータ室」、そして「最先端のデジタル技術を駆使できるラボ空間」。次代を担う生徒たちにこそ本物の道具を用意し、能城氏が構想するこの3層構造を実現することが、Society5.0(※)を切り開き、世界をリードする人材育成につながるのではないだろうか。

※Society 5.0:ソサエティ5.0。内閣府が提唱する未来社会像。AIやIoT(モノのインターネット)、ロボット、ビッグデータなどを活用する豊かな社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続くもので、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する

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