《財務・会計講座》雇用、配当、先行投資、それとも内部留保?-危機への対応をファイナンス的に考える
100年に一度という未曽有の経済危機を受けて需要が急減する中で、「雇用」、「配当」、「先行投資」に対する企業の戦略がバラつきをみせてきている。
「雇用」を守るべく、配当を削ってでも次世代に向けた研究開発や生産技術を担う人材の流出を避けようという企業がある一方で、市場との信頼を守るため配当を増加させようという企業もある。また、減配や報酬・賃金のカットを行うかたわら、景気の反転に備えて研究開発費を増加させる企業もある。企業経営者の使命は、企業価値を創造していくことであるが、ファイナンス理論に立脚した企業経営の観点から、それぞれの施策の意味を考えてみよう。
■雇用や配当の意味を企業価値への影響から検討
企業価値は、毎年のフリーキャッシュフローを加重平均資本コストで割り戻すことで計算できる。フリーキャッシュフローは、以下の式で表される。フリーキャッシュフロー(FCF)=EBIT×(1−税率)+減価償却費−投資−△運転資本
注:EBIT=金利控除前税引き前利益(Earnings before Interest and Taxes)
危機後の景気回復に備えて雇用を守れば当面はコストが高止まりし、この結果としてEBITは減少し、生み出されるフリーキャッシュフローは減少する。配当を維持・増加すれば株主の期待にはこたえられるが、手元資金は減少する。また、先行投資を行えば、投資の増加分だけフリーキャッシュフローと手元資金が減少することになる。
これら施策の本当の意味を考えてみよう。
まず、上記の企業価値算出の際のFCFの式を見るにあたり、第一に考えなければいけないのは、FCFはある程度の長い期間、継続して生み出されるものであるということである。そして、FCFは短期的に増加させることは可能でも、長期にわたって継続的に増加させることは難しい。
つまり、企業価値の創造は、まさに中長期的な経営課題である。中長期的にFCFを増加させ、ひいては企業価値を高めていくためには、やはりその中核であるEBITを継続的に増加させていくしかない。しかしながらEBITの継続的な増加は至難の業である。この為には、企業はセオリー通り、自社の強み(競争優位性)を認識し、その強みが活きる事業展開を地道に行っていくしかない。
さて、雇用を削減すれば、ごく短期的には希望退職等のリストラ費用がかさむが、短・中期的には人件費の削減を通じて損益は改善する。このため、雇用の削減を含むリストラ策は市場からは好意の目を持って迎えられることが多い。確かにFCFも短期的には改善する。それでは、中長期的にはFCFはどのように推移していくであろうか? これは、中長期的に自社の競争優位性を活かした事業展開を行っていくという基本方針に整合した雇用政策が実施されているかどうかがポイントである。中長期的に自社の競争優位性が維持・強化されないとEBIT/FCFも増加しない。
次に投資を考えてみよう。投資を削減すればFCFの式を見てわかる通り、一時的にはFCFは増加する。しかしながら、投資は将来のFCFを生み出す源泉であり、これを無理に削減することは将来に禍根を残すこととなる。しかしながら、投資の費用対効果の視点も同様に重要である。いかに少ない投資で将来的に最大限のFCFを生み出すかがポイントであり、投資はあくまでも費用対効果の観点から検討されるべきである。不況時には物(そして人、金)の値段が下がることも多く、投資を積み増す良い機会ともいえよう。
「先行投資」という言葉があるが、この本当の意味は、当該投資案件の直接的なNPV(正味現在価値)はマイナスであるが、この投資を行うことによってその後の新しい事業展開が開け、この結果NPVがプラスの事業を行うことが可能となるということであり、全体としてのNPV(先行投資案件のNPV+次に展開が開ける案件のNPV)がプラスとなるような赤字案件への先行投資を意味している。したがって、短期的にはFCFが減少しても長期的かつ継続的にFCFが増加するような投資スタンスを取ることが肝要である。
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