原田泳幸・日本マクドナルドホールディングスCEO--爆走するエネルギー、米国へのあこがれと反発

原田泳幸・日本マクドナルドホールディングスCEO--爆走するエネルギー、米国へのあこがれと反発

1949年生まれの経営者が集う「49会」。メンバーは伊藤忠商事会長の小林栄三、西武ホールディングス社長の後藤高志、三井住友海上火災保険会長の江頭敏明などなど。48年生まれの原田泳幸は“特別に”入会を認められている。

特別だけのことはある。

「アウトローっていうのか、経団連的な経営者にはないタイプだよね」。伊藤忠・小林の原田評である。

「みんなでお酒を飲むでしょ。僕ら、ひいひい言いながら会社から会合に直行する。原田さんは悠々と『来る前に、ジムで1000メートル泳いできました』って言うんだから」

オンもオフも、ほとばしるエネルギー。エピソードは事欠かない。

しばしば佐世保市に帰郷する。その際の定番がある。長崎空港のちゃんぽん店で、必ず生ビールと餃子とちゃんぽんを注文する。ペロリと平らげ、おにぎり二つを追加注文。涼しい顔で「これぐらい当たり前でしょ。養鶏場で今も現役の親父(93)なんか、もっと食べるから」。

オフの当面の目標は、全国的に有名な石垣島のトライアスロンに出場すること。週2回のウエートトトレーニング、毎朝10キロメートルのランニングを欠かさない。学生時代からのジャズバンドはプロのドラマー、菅沼孝三からレッスンを受け、年に1回は演奏会を開いている。

バツイチである。現在の妻は歌手の谷村有美。年の差は20近く。佐世保南高校の同級生で佐世保市長の朝長則男は、市内のホテルで出会った原田に言った。「この子、おまえのお孫さんか?」。「いや、二人目の子どもだよ(現在6歳)」。

朝長によれば、原田は「高校のときから筋肉マン」だった。「マラソンや水泳大会はいつも上位入賞したが物静か。けど、爆発的な瞬発力がある。社長になったのはびっくりする反面、なるほどなと思う。大成功するか、どん底に落ちるか、そのどちらか。そんな雰囲気を持っていた」。

並み外れたエネルギーゆえに、原田の振幅は大きい。極端から極端に振れ、時に「屈辱」を受けると、エネルギーは倍加する。振り子を大きく揺らすたび、階段を上ってきた。

100円メニューの成功と失敗

原田が日本マクドナルドの社長に就任したのは2004年5月。債務超過50億円のどん底から出発し、鮮やかにマクドナルドをよみがえらせた。外食業界では店舗売り上げの前年割れが常態化する中、11年12月期マクドナルドの既存店は8年連続で前年比プラス、営業利益は282億円と上場後過去最高益を記録した。

ただし、一本調子の再建だったわけではない。就任2年目に忘れられない屈辱を味わっている。

原田が当時、前面に打ち出したのが「100円メニュー」だ。チーズバーガーやドリンク類などを一律100円で提供した。創業者の藤田田(前会長)時代に離散した顧客を、まず低価格で呼び戻す。同時にQSC(クオリティ、サービス、クレンリネス=清潔さ)に磨きをかけて顧客を定着させ、来店頻度を高める。そのうえで高付加価値品に誘導する、という3段階の作戦だった。

1段階目では、安さを猛烈にアピールするから客単価は下がる。業績にマイナスのインパクトが出るのは想定内だったが、05年6月に業績を下方修正すると、新聞が書き立てた。「原田体制、早くも踊り場か」。

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