高給と快適な生活を捨て、台湾青年医師はなぜ帰郷したか

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台湾の医療は世界的にも高い水準にあり、医療産業は政府の重点発展項目にも挙げられている。医師の数は年々増え、2011年末には5万5000人に達している。病院数も昨年末に2万を超えた。

ところが、その台湾で22の郷・鎮・区(市町村・区に相当)がいわゆる無医村であり、こうした地区で医療を提供できるところは衛生所しかない。しかもそれすら不足している地区が増えている。

医療資源が都会に集中し、僻地に不足している主因は、90年以降、政府が民間資本による医療への投資を奨励し、医療システムが民営化・市場化したことにある。その一方で、公立病院への補助金は94年の285億台湾ドルから、09年には10億台湾ドルに削減された。公立病院には独立経営が求められ、それまで行ってきた無料医療や低料金医療といった社会的責任は、放棄せざるをえなくなったのだ。

公立病院も利益を中心に考えるようになり、拠点開設は人口の多い場所ばかりを考えるようになった。保険の支出は競争力を持つ大病院に集中し、コミュニティ型の病院は減っていく。もともと台湾全土に400あったコミュニティ型病院は、健康保険制度が始まった95年から減り続け、09年には112を残すだけになった。その結果、医療資源配分はまったくバランスを失ってしまった。たとえば冒頭の達仁郷では、人口3946人に医師は2人だけだ。

台北市には急患専門医師が278人いて、人口比は9000人に1人の割合だ。しかし、台東県には3万7000人に1人しかいない。

健康保険制度によって、安い料金で医療サービスを受けられるようになったのは確か。しかし、バランスの取れた医療ネットワークの構築は忘れられてきた。おカネを持っている人が貧しい人を助けるのが健康保険制度の本来の趣旨だが、この点から見て僻地の人たちは極めて深刻な不平等待遇を受けている。

(台湾『今周刊』No.790/燕 珍宜記者、林 筱庭記者 =週刊東洋経済2012年3月3日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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