蛍の航跡 帚木蓬生著

蛍の航跡 帚木蓬生著

現役の医師による『蝿の帝国』と対をなす大作だ。陸海軍軍医15人の手記の形を取ったノンフィクション風小説だが、変化に富む短編集となっていて飽きさせない。医薬も食料もほとんどない中、軍医たちは戦傷者よりもむしろ飢餓や赤痢、マラリアへの対応に追われる。米軍に翻弄され武器もなくジャングルを「転進」する将兵、置き去りにされる末期の兵士たち。その描写はリアルの一語だ。日本兵の残虐行為、逆に豪軍捕虜となっての死の行進、シベリア抑留の苦難、これらもまた重くのしかかる。

惨禍の描写が圧倒的な力で迫る一方で、軍隊生活のエピソードや哀歓、現地の人々との心温まる交流など、救われる物語も少なくなく、構成もすばらしい。人と事態を客観視する冷静さが随所に表れるのは軍医ならでは。克明な描写とともに巧まざるユーモアが価値を高めている。医師たちは極限状況で何を考えたのか。読み継がれるべき戦争文学の傑作である。(純)

新潮社 2100円

  

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