陸自の「機動戦闘車」調達は予算のムダ遣いだ 陸自機甲科の失業対策が主目的?

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計画している機動戦闘車の横幅は、約3メートルもある

機動戦闘車の重量が大きくなったのは、単なる歩兵の火力支援ではなく、戦車戦を想定して精密な射撃と機動力の実現を目指した、つまり「装輪戦車」を目指したからだろう。

装軌(キャタピラ)式の戦車や装甲車は、履帯という「面」で地面と接しているために、安定度が高く、不整地走行能力が高い。対して装輪式装甲車はタイヤという「点」で地面と接しているために、安定度や不整地走行能力が装軌車よりも劣る。このハンディを解消し、主砲射撃の反動を吸収するためには、より車体を重くし、より多くの、そして幅の広いタイヤを採用する、独立懸架装置を採用するなどの方策が必要だ。

このため機動戦闘車の横幅は約3メートルもある。これまで陸自は道路法の制限があり、装輪装甲車の全幅は2.5メートル以下としてきた。この制限ゆえに96式装甲車は全幅を2.45メートルに制限されたため、不整地走行能力が低くなり、「戦闘車両として必要な急発進・急加速・急停止・急操向ができない」と陸自の機甲科のOBも証言している。つまり事実上、路上でしか運用できない。このため軍用装甲車として96式は欠陥品である。

しかし不思議なことに、在日米軍はこの道路法の制限を受けない。ちなみに現行法でも国交省に書類を毎年提出すれば横幅2.5メートル以上の車両も運用できるが、陸自はこれまでできないと言ってきた。確かに全幅2.5メートルの制限ではまともな防御力と不整地走行能力は確保できない。横幅が2.5メートルを大幅に超過する機動戦闘車を導入するのであれば、道路法と過去の主張をいかように改めたのか、納税者に説明する責任があるだろう。

また、これまでのほかの装甲車も全幅2.5メートル以下にする必要はなく、そうであれば96式ももっとまともな装甲車になり、「欠陥品」にならなかったはずだ。実際に96式開発の関係者も「あと10センチ全幅が大きかったら、ああはならなかった」と証言している。

全幅が3メートルになるとそれこそ道路が狭く、都市部が多い「わが国固有の環境」で普通科(歩兵)と直協して行動するのはかなり困難だ。諸外国の汎用装輪装甲車は全幅3メートルクラスも存在するが、2.6~2.8メートル程度が主流である。たとえば米軍のストライカー、フィンランドのAMVなどの全幅はこの辺りであり、この程度に納めるべきだったろう。

三菱重工にノウハウがなかった?

機動戦闘車の全幅や重量が大きくなった理由のひとつとしては、主契約者の三菱重工が装輪装甲車、特に大口径砲を搭載したものの開発経験がなく、比較的軽量の車体で主砲射撃時の反動をマネジメントすることができなかったことも、理由なのではないだろうか。諸外国では105ミリ砲を搭載した、より軽量な車体の装甲車は多数存在する。

これらのことから、機動戦闘車は装輪戦車、「戦車駆逐車」を志向していることがわかる。つまり機動力戦闘車導入の目的は機甲科の「失業対策」である。だがこれを「装輪戦車」と説明すると財務省に説得できない。だからあくまで戦車ではありません、ゲリラ・コマンドウ対処、島嶼防衛に使用します、と説明してきたのだ。

だが、「戦車でない」と説明するために、火器管制装置などを10式戦車よりも劣ったものにしている。イタリア軍の戦車駆逐車であるセンタウロは、戦車を補完する存在として開発されたために、火器管制装置などは主力戦車であるアリエテと同じものを採用している。このためセンタウロとアリエテでは乗員の移動が容易であり、訓練も整備も共用化できる部分が大きい。

ところが機動戦闘車と10式のそれは共用化されていない。当然相互の乗員の移動や訓練や兵站の共用化はほとんどないだろう。しかも「戦車」でないと主張するために、ネットワーク機能の付加も決定されていなかった。これは筆者が機動戦闘車のお披露目の際に質問して明らかになったが、8月末の防衛省概算要求のレクチャーではネットワーク機能も付加されるかもしれないと言い出した。意地の悪い見方をすれば、すでに機動戦闘車の調達が事実上決定してしまってから、ネットワーク化を決定したのではないか。

いずれにしても機動戦闘車は、火力支援用としても、戦車駆逐車としても中途半端な存在となってしまった。そしてその任務は旧式戦車の改良や歩兵戦闘車などでも達成可能なものであり、あえて多額費用をかけて「装輪戦車」を開発・調達する必要はなかった。

本当に必要なものに予算を使うのではなく、陸自村の「社内政治」に多額の予算をつぎ込んでいては、まともな戦力構築はかなわない。陸自の装備調達は戦争ごっこ向けであり、実戦を想定していない。このような予算の無駄遣いは納税者の理解は得られないし、早急にやめるべきだ。今からでも機動戦闘車の調達は中止すべきだ。登山と同じで引き返すことも勇気である。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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