来客が松下の質問攻めにあうケースも多かった。本来は松下に聞きたいことがあってやってきた人でも、タイミングを見て早く先に質問しないと、自分が説明役になってしまうのである。
「私はこういう仕事をしているのですが」とあいさつすると、すかさず松下は質問をする。「それはどういう仕事ですか」「どうやっておられるんですか」「儲かりますか」という具合に。
一方的にしゃべらされて、あっという間に1時間が過ぎているという光景もよくみた。しかし、それもまた不思議なことに、質問の中に経営への示唆があったとか、教えられたと満足して帰っていくのであった。
人に説明をすることは快感
やはり人間は、人に説明をしたり、お説教をしたり、講釈をしたり、ということが本質的に好きらしい。逆に、ものを尋ねたり、わからないと言ったりすることを、引け目として感じるものである。だから、わからないから教えて欲しいと言われればうれしいし、あれこれ知恵を絞って答えるのは、なんともいえない快感である。
だとすれば、「わからないから教えて欲しい」と素直に尋ねるほうが、人情の機微をより心得ているというものであろう。それゆえお客さまは、ものを尋ねに来たのに、松下の思うまましゃべらされて、しかも満足して帰っていくということになるのであろう。
ものを尋ねるほうが慕われるというのは、知っておきたい真実である。人間の心の動きには、千変万化の複雑さの中にも、おおむね誰にも共通する、一般的な原則がある。誰でもほめられればうれしい。また、誰もが他人から認められたいと願っているし、自分の能力を発揮することには喜びを感じるものである。
松下は、たくさんの人にものを尋ねることを「衆知を集める」という言葉で表現していた。最後にそんな言葉を紹介しよう。
「衆知を集めるということをしない人は、絶対にあかんね。小僧さんの言うことでも耳を傾ける社長もいるけど、小僧さんだからと耳を傾けない人もいる。けど、耳を傾けない社長はあかん。なんぼ会社が発展しておっても、きっと潰れる会社やね。衆知を集めないというのは、言ってみれば、自分の財産は自分が持っている財産だけしかないと思っている人と同じやね。少しひらけた人なら良寛さんみたいなもので、全世界は自分のものだと思っている。しかし全部自分で持っているのはめんどうだから預けておこう、というようなもんやな。人間ひとりの知恵には限界があるんやから、その限度ある知恵だけでは、うまくいかんわけや」
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