現行の救急キットでは多くの自衛隊員が死ぬ

戦闘を想定した準備はできていない<下>

仏軍では最前線の患者集合点に軍医が来て応急治療を行うため、MEDICは軍医の助手として気管切開や縫合、輸液を行う。こうしたことを前提に、個人用ファースト・エイド・キットの内容品が選定されている。そのため、米軍のフルサイズのIFAK IIに比して経鼻エアウェイ×1、チェストシール×1、アイカップ×1が無い状態ではあるが、チェストシールの不足分はガーゼ袋のビニールを利用し3辺テーピングにより代用し、軍医の支持の下、早期に16ゲージの留置針で脱気する等、不足分を補っている。

また、止血帯は当初米軍や陸自と同様のCAT(Combat Application Tourniquet) を採用していたが、CATがプラスチック製のため破損しやすいことや、止血帯の端を認識し難い欠点から、堅牢かつ使用法が容易なSOFTTへと変更することで、米軍の教訓を反映している。このようにして仏軍は米軍とほぼ同等の個人用ファースト・エイド・キットの整備を実現した。

陸自の救護員(衛生兵)は法的には看護師程度のことしかできない。つまり医官の指示がなければ投薬や注射もできない。当然ながら縫合などの手術もできない。法的な制限があるために彼らができることは諸外国のMEDICに比べて極めて少ない。つまり自衛隊では諸外国の軍隊よりも適正な衛生処置を受けられないことを意味している。

そして各中隊に派遣するほど医官の数は多くない。多くの現場では救護要員だけで対応することが想定される。しかも先述のように衛生要員が1個中隊、あるいはほかの兵科で増強された中隊、120~150名あたり、1名という部隊も少なくない。

また、過去には野戦病院は持っていたが法令の制限があり、実際には使用することができなかった。これは小泉内閣時代の有事法で有事の際には野戦病院の開設は可能となった。しかし戦時でも平時でもない、いわゆるグレーゾーンでは依然野戦病院の開設はできない。

衛生部が声を上げるべき

これら法制度の問題についても尋ねたが、衛生部として問題意識はもってはいるが、衛生が回答できる話ではないとのことだった。「防衛省として有識者などに聞いて検討すべき問題であり、現状では現行法に則るしかない」とのことだった。確かに法改正などは衛生の職務の外だろう。だが諸外国に比べると、手脚を縛れているような自衛隊の衛生の実態を変えるべき声を上げるのは当の衛生部の役目ではないだろうか。

米陸軍は全将兵がMEDICの介助者である。負傷者を観察し、記録をつけ、処置の介助を行うことができる。いずれも法律による制限を受けない分野であるが、ここが徹底されているからこそ、MEDICは専門能力の発揮に専念できるようになり、MEDICの教育はさらに高度な内容へと発展している。「法律」と言う前に法の制限を受けない部分での努力を、陸自はどこまで徹底しているのであろうか。

一度失われた命を取り戻すことは人知の及ばないところであるが、法律は人が定めるものであるから、人の努力で変えられるものである。人の力の及ぶ努力を徹底することで人知の及ばない命を守ろうとすることが、本来の姿勢ではないのだろうか。

防衛省は、本年度予算で「事態対処時における第一線の救護能力の向上」として、事態対処時における救急救命措置に係る検討、諸外国の軍隊における第一線での救護措置及び必要な教育訓練等を調査、有識者会議の設置にかかる経費などの事業を盛り込んでいる。

これは防衛省が現在の衛生のあり方に危機感をもっている証左であろう。 

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