米大統領選に翻弄される日鉄のUSスチール買収 株主総会で賛成を得たが買収は無事成立するか

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「冷静に考えるとアメリカに損はない。USSと(USWが)結んでいる労働協約を100%守る。丁寧に説明していけば必ず合意できる」(日鉄の橋本英二会長)

USS買収を決めた、日本製鉄の橋本英二会長(撮影:尾形文繁)

日鉄はロビイストを雇って政治家に働きかけるとともに、USWに対しては現行の労働協約を140%上回る14億ドルの追加投資や、同協約期間内にレイオフや工場閉鎖を行わないといった約束を示すなど、理解を得ようと力を尽くしている。

日鉄とUSSは今年9月末までの買収完了を目指しているが、少なくとも11月の大統領選挙の前に認可が下りる可能性は低いとの見方が大勢だ。

トランプ大統領なら困難に

今後のシナリオはいくつか考えられるが、前提となるのはUSWが矛を収めること。実は、USWの賛同は買収に必須ではない。とはいえ、買収後の経営安定や独禁法・CFIUSの審査への影響を勘案すると強行突破は現実的ではない。

USWの賛同をいかに引き出すか。2026年9月末までの現行労働協約の、その先についても労組への譲歩を示せば可能性はある。USWが支持に回ると、バイデン政権ならば買収への道が開ける。

その場合も「大統領選挙前に当局の認可が下りることは難しい」とアメリカ政治が専門の前嶋和弘・上智大学教授は解説する。トランプ氏に「USWはだまされた」「バイデンがアメリカを売った」と攻撃されかねない。

「アメリカファーストを掲げるトランプ氏が大統領となれば、買収成立は厳しくなる」(前嶋教授)。つまり買収が完了するとしても、バイデン大統領が再選され、落ち着いた頃となる。

買収契約では、2025年6月18日までに規制当局からの許認可を取得できず、USSから契約を解除された場合、日鉄は5億6500万ドルの違約金を支払わなければならない。この時期を過ぎても両社が交渉を継続することはできるので、USSの関心をつなぎ留められるかがカギを握る。

乾坤一擲(けんこんいってき)、海外での巨額買収に乗り出した日鉄。理不尽な政治に屈せず、初志貫徹できるか。

山田 雄大 東洋経済 コラムニスト

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やまだ たけひろ / Takehiro Yamada

1971年生まれ。1994年、上智大学経済学部卒、東洋経済新報社入社。『週刊東洋経済』編集部に在籍したこともあるが、記者生活の大半は業界担当の現場記者。情報通信やインターネット、電機、自動車、鉄鋼業界などを担当。日本証券アナリスト協会検定会員。2006年には同期の山田雄一郎記者との共著『トリックスター 「村上ファンド」4444億円の闇』(東洋経済新報社)を著す。社内に山田姓が多いため「たけひろ」ではなく「ゆうだい」と呼ばれる。

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