戦後日本のインテリがグローバル化に逃げた理由 「ラテン語」と無関係な日本語の優位という逆説

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中野:そこはやっぱり、インテリたちの近代理解が間違っているからだと思うんです。彼らは本質的にグローバルな視点を持ってるけれど、グローバル化ってのは、必ずしも進歩ではなくて、ある意味で近代以前に戻ることです。ですが、多くの人がその区別をつけられなくなっている。日本人も、国際的なインテリ層に憧れて、グローバル化と国際化の違いを見失っている。

戦前の京都学派が説いた「国際化」

古川:日本のインテリが「国際化」を「グローバル化」と同一視するようになったのは、やはりとくに戦後のことではないでしょうか。というのは、戦前に良かれ悪しかれインテリたちにもてはやされた京都学派の哲学が説いていたのは、一種の「グローバル化」に対抗する「国際化」の世界構想だったからです。

京都学派と言えば「無」の哲学ですが、彼らの言う「無」というのは、「真に普遍的なもの」なんですね。やや乱暴ですが簡単に言ってしまうと、自らは無であるがゆえに、自らの内に無限の多様性を含むもの。それが「無」と呼ばれるものです。つまり、真に普遍的なものというのは、個別性や特殊性を否定するのではなくて、むしろ個別的なものが相互に関わり合って、不断に生成・変化していく、その過程である、ということです。

しかし、こういう哲学に裏付けられた多元的な国際主義の世界構想が、戦争イデオロギーと結びついてしまったことで、戦後はほぼ完全に否定されてしまいました。「西洋の一元的なグローバリズムに対抗して、多元的な国際主義の世界を守るんだ」というのが、まさに日本の戦争を正当化するイデオロギーだったのだ、というわけです。

中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)などがある(撮影:尾形文繁)

戦後の日本のインテリがグローバリズムになだれ込んでいった背景には、こういう事情もあったのではないかと思います。要するに、多元主義なんて言っていたら戦争になってしまうじゃないか、ということですね。でも、それは結局、アメリカの覇権を前提にした議論でしかなくて、いまはもうそれが成り立たないのですから、もう一度、多元的な国際主義でやっていくことを考えていくしかないのではないかと思いますね。

中野:それで言うと、前半に施さんが述べた「グローバル化」と「国際化」を明確に区別していくという戦略は、日本ではまだ有効だと思うんですよ。逆に欧米がなんで、国際化にはっきり踏み込めないのかっていうと、国境があいまいなエリアが多いからです。スペインのバスク問題や北アイルランド問題などのリスクを考えると、国際化も一筋縄ではいかない。冷戦終結後の旧ユーゴスラヴィアなど、その最たる例。境界線がはっきりせずに、面倒な国際化ではなくグローバリゼーションに逃げたくなるのではないか。

その意味で日本は相対的にラッキーなんですが、その優位な立場を自ら捨てている。

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