TVマン見た「絶滅危惧種と暮す民族」驚く日常(後) 2時間のトレッキングで見つけた「景色」「真実」

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二人は辿ってきた道を急いで戻る。途中、ゴーッという唸り声をあげた強風が吹くと、体を折り曲げてしゃがみ込み、風が収まるのを待った。

ダウンジャケットはびしょびしょになり、雨水がパンツの中まで染み込んでくる。身体の体温を奪われ、命の灯火が消えていく感覚に陥る。動いて発生した熱よりも、奪い取られる熱のほうが大きいのだ。

自然の厳しさと人の優しさを思い知る

「自然は優しい」「緑の力」「大自然は心を豊かにする」という都会で見たキャッチコピーが嘘くさく感じられた。本当の大自然はいとも簡単に人の命を脅かす。

ここでは、自然はただの自然であり、人間も野生動物と変わらない。頭と身体を使って戦い、生き抜かなければならない。強い気持ちが心の底から湧き上がってくる。

雨に打たれながら歩くと、1時間ほどでムドの村が見えてきた。家や建物、人間が作り出したものに、ほっとした気持ちが湧く。何よりも、同じ人間がいるということに安堵を感じた。宿に着いたときには、体が冷え切っており、ブルブルと震えていた。

「寒かっただろう。お湯を沸かして待っていたよ。バスルームのバケツに熱いお湯があるから、浴びておいで」

平たい顔をした宿のオーナーは、豪雨の中、帰ってこない二人を心配して待ってくれていた。バスルームで、スピティに到着して初めてお湯を浴びた。体全体に熱が広がり、正常な機能を取り戻していく。

ぼんやりしていた頭も、霧が晴れたようにクリアになっていく。温かさが、心まで包み込み、生きる力が湧いてくる。お湯がこんなにありがたいと感じたのは、生まれて初めてだった。

食堂に行くと、囲炉裏に火が焚かれ、部屋は熱く温まっていた。宿のオーナー夫婦の心遣いが心に沁みる。

温かい部屋でくつろぐカナさん(写真:筆者撮影)

「ありがとうございます。ここに来て、初めてお湯を浴びました。本当に感謝しています」

電気が少ないスピティでは、燃料はとても貴重で、お湯で体を温めることをあきらめていた。すると、オーナーはジョークを交えながらこう言った。

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