北里大学

医工連携が変える
日本の未来・大学の役割
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医療機器産業の現在の市場規模は全世界で約30兆円と言われ、2020年には50兆円規模に拡大すると見られている。そして、世界で競争力のある医療機器を開発するために注目されているのが、医療現場のニーズを製品に結びつける「医工連携」だ。学長自らリーダーシップを発揮し、医工連携に力を入れる北里大学と、社団法人という立場から医工連携をサポートする日本医工ものづくりコモンズ。学長と理事という立場の二人が医工連携の未来に迫る。
撮影協力:相模原グリーンホテル

北里柴三郎博士が実践
1世紀前の医工連携

(写真上)相模原キャンパスにある一般教育棟の前に立つ北里柴三郎の銅像。(写真右下)世界初となる破傷風菌の純粋培養につながった「嫌気性菌培養装置」。(写真左下)ドイツに留学中の若き日の柴三郎

小林 今日はよろしくお願いします。まずは柏野先生が所属する日本医工ものづくりコモンズについてお話しいただけますか。

柏野 こちらこそよろしくお願いします。ものづくりコモンズは、2009年11月、14の医学系と工学系の連携による任意団体として発足し、13年5月に一般社団法人になりました。小林学長にも特別顧問になっていただいていますね。いつもご協力ありがとうございます。

当初は、シンポジウムやサロンなどを通じ、医工連携に関する公開事業を企画実施していましたが、最近では、医療現場とものづくり現場を融合させるプラットホームとして、情報共有・意見交換の場づくりから、人材育成・開発チームづくりまでを視野に、医工連携に関する幅広い活動を行っています。

先日は貴大学の相模原キャンパスで行われた医工連携の講演会にも参加させていただきましたが、改めて、現場のニーズを医療機器として実現しようとする貴大学の意欲を感じました。

小林 弘祐
北里大学 学長 1978年慶應義塾大学医学部卒業。82年同大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。ドイツ・ルール大学医学部生理学研究所助手、90年北里大学医学部講師、在職中に米・ハーバード大学訪問研究員、米・マサチューセッツ総合病院訪問研究員などを経て、03年医療衛生学部教授、12年大学院医療系研究科科長。14年7月より現職

小林 ありがとうございます。北里研究所は、日本初の私立医学研究機関として北里柴三郎博士によって1914年に創設されていますが、実はその当時から北里博士は医工連携を自ら実践されていました。

北里博士は世界初となる破傷風菌の純粋培養の成功や、血清を用いた感染症の治療方法の確立などで世界的に名声を得ていましたが、1921年に水銀に赤い色素を混ぜて体温を読み取りやすくした体温計の製造販売を行う、赤線検温器株式会社の創設発起人の一人となっています。この時は、第一次世界大戦の直後。日本では当時、ドイツ製の体温計を使っていたのですがそれが輸入できなくなり、国産化を目指して同社を設立したと伺っています。ちなみに同社は株式会社仁丹テルモとなり、医療機器製造販売大手であるテルモ株式会社の前身となる企業です。

自ら医療に必要な機器を社会実装したことは、北里博士の精神がまさに「医工連携」そのものであると言えます。

柏野 医療機器はまさにナショナルセキュリティという性格を兼ね備えていますが、100年近く前に、体温計の国産化を通じてナショナルセキュリティを守ろうとしたことは興味深いですね。

先日の貴大学での講演会では、スタンフォード大学・バイオデザインプログラムについての講演もありました。世界的にも評価されているカリキュラムを紹介していただきましたが、非常に付加価値の高い、革新的な医療機器を生み出すシステムだと思います。北里大学でも、最終的にはあのような仕組みを目指していこうとされているのでしょうか。

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