「きのう何食べた?」にこんなにも情が湧くワケ 「何食べ」は令和版の「サザエさん」になった

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シロさんがモノローグで感情を全部吐露していることで、誰もが解釈を間違いようがないことも安心のもとである。が、第1話に関しては、スーパーの従業員(唯野未歩子)の心情がわからず、それがいいアクセントになっていた。

シロさん行きつけのスーパー、ニュータカラヤの店員で、非常に無愛想。シロさんが値下げを狙っていたカレイだけ値下げしてくれなかったが、ケンジに言わせると感じのいい人だという。タカラヤ閉店後は新たなスーパー、アキヨシで働き始めるが、そこでもほかの客には愛想よくしているのに、なぜかシロさんにはやっぱり無愛想。

でも一言だけ「ここの魚はいい」と教える。認識はしていることがわかる。それ以外は一言もしゃべらない。が、シロさんが去っていく姿をそっと微笑んで見ている表情が映し出された。この従業員、何を考えているのか。ほかのことがほとんどなんでも明快なドラマのなかで、一カ所の謎。こういうアクセントが、ドラマを単調にしない。

令和の「ネオ・ホームドラマ」になっている

シロさんは、自身の性嗜好を職場や周囲に明かしていないので、キャバクラ疑惑のように誤解を招くこともある。信頼しあっているはずのケンジすら、まさか……とシロさんを疑わしく思ったりもするのである。

どんなに信頼しあっていても、相手のなにもかも知ることはできない。だからちょっとしたことで心が揺れる。だからこそ、心からリラックスできる時間が大切で、それが美味しいものを食べること。美味しいものには嘘や疑惑はない。

他者のことを知るのは難しい。寄り添おうとしても、容易にわかることは多くない。いいことも大変なことも殊更大げさに扱わず、他者から理解を得られないこともあるけれど、自分たちの選んだ道を歩みたいという望みに率直に、真剣に生きている人たちの、日常にフォーカスする。それしかないのだ。それは老いも若きも、男も女も、変わらない。

かつて、日本人の生活の鏡は『サザエさん』だったが、今や『きのう何食べた?』が代わる存在になったのではないか。日曜の夜に月曜になってほしくないと思いながら見る『サザエさん』もよかったけれど、金曜深夜、いつまでもこの時間が続いてほしいと願いながら見る『きのう何食べた?』にこそ、令和のネオ・ホームドラマの可能性を見た。

木俣 冬 コラムニスト

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きまた ふゆ / Fuyu Kimata

東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。

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