「国富でなく民富こそ国力」と喝破した孟子の真意 「実質賃金マイナス」時代に必要な王道政治と士

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そういう意味で、日本固有のあり方を模索しなければならない時期に入ってきているのです。ただ過去に一度、同じような状態になった時代がありました。今から約100年前の1920-30年代です。第一次世界大戦、世界恐慌において西洋各国が打撃を受けるなか、日本は参照するモデルを見失い、独自の道を進み始めます。その結果が軍部独裁、国連脱退であり、翼賛体制下における大東亜共栄圏という支配領域の拡大。最終的に第二次世界大戦における完膚なきまでの敗北ですから、同じ轍を踏んではいけません。

身体に染み込んでいる価値観

国民国家、工業化を合わせた近代化というシステムは時代遅れになっていますが、もちろんこの状況は日本だけではありません。当のヨーロッパ諸国はこのシステムが時代遅れであることにいち早く気づき、各国できる限りの手を打っています。その根底には、近代化を支える「個」を基礎に置く民主主義があります。

しかし日本社会の同調圧力の強さとともに語られる弱い「個」のことを考えると、日本社会には西洋社会のような強い「個」が根付かないのではないかと思ってしまいます。

現在の日本社会において必要なのは、近代以降参照されてきた西洋的な「個」のモデルではなく、日本社会に適した「個の確立」なのではないか。そんなふうに思っています。それが以下のように、本書に通底する問題意識です。

本書で扱う中国思想の流れは、「個」の確立と生活を通じた社会変革を軸としています。これを眺めることで、中国の歴史と思想の関係が分かると共に、実は中国思想が日本人の価値観や生活の中に、今もなお健在であることが理解されるはずです。
そして、このことが理解されると、現在世界を牽引している潮流を相対化し、日本人が日本人の文脈で生き方を考え、「失われた30年」を克服する鍵が、中国思想を含み込んだ日本の伝統的価値観の中にあると思うかもしれません。もしもそのような鍵を見つけ出した人がいて、その人の仕事や生活の中に、中国思想が組み込まれた時、きっとそれは日本人の伝統的な価値観を目覚めさせ、社会を変革するダイナミズム(活力)を提供することでしょう。それはおそらく、世界に対して日本が堂々と自己主張する未来を引き寄せるに違いありません。(『武器としての「中国思想」』5-6頁)
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