防衛省装備調達に欠落している"大事なもの" 兵器調達の際に「時間」「総額」の概念がない

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AH-64Dの騒ぎを受けて、防衛省は2010(平成20)年度からメーカーに生産ライン構築費やライセンス料など、生産初期に支払う初度費をまとめて支払うことになった。AH-64Dと同じように調達数が減ったとしても、企業側が大きな損失を出さずに済むようにするためだ。だがこの初度費も問題だ。本来初度費は、本来、一度で支払われるはずだったが、実際には一度で払われるわけではない。改修や手直しなどで延々と「初度費」が払われており、もはや「初度費」ではなくなっている。

防衛省は、2012(平成24)年度から各装備のその年度の初度費を公開しているが、これは財務省に促されて渋々と行うようになったもので、初度費の全額を公開しているわけではない。極端な話「初度費」は生産が終わるまで払い続けることができ、装備調達を余計に不明瞭にしてしまった。

本来であれば初度費は生産前に計上すべきだ。そうでなければ調達プロジェクトの総額の見積もりが不可能となる。たとえば前述のように、F-35A戦闘機は2個飛行隊42機の調達が予定されている。ところが初度費の額がわからないため、政治家や納税者が一機あたりの単価を算出することはできない。そして毎年のようにF-35Aの初度費が要求されている。

調達自体が目的になっていないか

F-35Aの調達は、調達自体が目的なのではなく、本来の目的がある。それは、近代化が著しい中国の戦闘機部隊に対する我が国の航空優勢を確保するため、である。そうであれば、中国側の装備計画を分析し、「いつまでに2個飛行隊、42機(一部は予備や教育用)のを戦力化する」というプランが必要だ。F-35Aの調達が大きく遅れれば抑止力は損なわれ、日中の航空優勢は大きく中国に傾く。その場合には最悪事態として、紛争や戦争が起こる可能性もある。計画を明らかにし、そのとおりに調達を進めていくこと自体が、重要な抑止力になるのである。ところがその計画がない。

軍備を整えるということは、相手の動向を意識する必要があることの論を待たない。「軍隊」の装備調達では時間というファクターが無視できない。いつまでにその装備を調達し、戦力化するという「時間」の概念がないということは、「実力組織」としての当事者意識と能力が欠如しているということになる。

このような防衛装備に対する「調達数」「調達期間」「予算総額」という概念の欠如は装備調達の高騰化を招くだけではなく、軍事的な合理性を欠いて国防を危うくする。そして防衛予算の不透明化を招いて、文民統制の根幹を損なっている。

文民統制の堅持と防衛予算の適正化のためには、防衛省と自衛隊が防衛装備の調達に関するアウトラインと計画を開示させることが必要になる。そのような改革は、与党政治家の当事者意識に掛かっている。だが残念ながら当の政治家たち、納税者にもそのような意識は極めて薄く、改革への道は遠そうである。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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