人前での「赤面」「手の震え」、社交不安症はれっきとした病気

社交不安症は、突然の動悸や呼吸困難、激しい不安に襲われる「パニック症」、愛着を持つ場所や人物から離れることに過剰な恐怖を抱く「分離不安症」などの「不安症群」にカテゴライズされる強い不安の病気だ。かつては対人恐怖症や社会不安障害とも呼ばれていたが、現在は社交不安症という診断名に統一されている。

社交不安症の問題は、「人前で失敗したくない」「相手に自分の振る舞いをバカにされるのではないか」という考えが強すぎる点だ。強い不安が起こす身体反応として、人の視線を感じると「体が震える、固くなる」「顔が赤くなる」「汗だくになる」、人と話そうとすると「頭がまっしろになる」「声が震える」などがあり、本人はその身体反応を隠そうとする。不安な自分を見せまいと、マスクをしたり、自分から話をしないような行動をとるという。

こう聞くと、「病気ではなくシャイなだけでは?」と疑問に思う人もいるかもしれない。しかし社交不安症は、WHOや米精神医学会などが公表している基準で診断されるれっきとした病気だ。清水氏はこう説明する。

清水栄司(しみず・えいじ)
千葉大学大学院医学研究院教授
千葉大学医学部附属病院認知行動療法センター センター長
千葉大学子どものこころの発達教育研究センター センター長
認知行動療法のスペシャリストとして、不安症(社交不安症、パニック症など)、強迫症、うつ病、慢性疼痛、不眠症などの治療に、複数のセラピストとともに当たる。著書に、『自分で治す「社交不安症」』(法研)、『あれこれ気にしすぎて疲れてしまう人へ 精神科医30年のドクターが教える傷ついた心の完全リセット術』(徳間書店)、『ナイーブさんを思考のクセから救う本』(ワニブックス)など
(写真は本人提供)

「人前での発表や面接などで不安を感じることは、誰でも経験があると思います。しかし、社交不安症は、毎日毎日の日常会話にも強い恐怖を感じてしまい、かつ状況に慣れることができません。子どもであれば不登校、大人なら職業選択の幅を狭めるなど、社会生活に支障を来します」

例えば、毎日教室に入るのがつらくて仕方ない、人と話す給食の時間が来るのが怖いなど、いたって日常的な場面でストレスを感じるが、中核にあるのは他人から見られているのが怖い「視線恐怖」だと清水氏は説明する。

原因は明らかになっていないが、遺伝的な要素や環境が作用すると考えられている。わが国の治療ガイドラインでは、認知行動療法(※1)、あるいは、薬物療法が提案されている。

※1 考えと行動のパターンを見直すことにより不安感情をコントロールすることを目指す心理療法

社交不安症の患者のうち約60%がうつ病やアルコール依存症など他の精神疾患を合併するとの報告もあり、当事者にとっては切実な問題だ。しかし、社交を恐れるという特性により、当然ながら医師やカウンセラーとの面談にも抵抗感があるため、また、性格だから仕方がないという誤解があるため、受診や相談につながらないケースも多いという。

また、社交不安症の発症時期は10代半ばの思春期が多い。そのため症状があっても、親を心配させるのも嫌だからと黙って何も相談しない状態を「思春期の反抗期によるもの」と誤解されてしまうこともある。こうした事情から、社交不安症という病気を抱えていることに気づかないまま、大人になってからも生きづらさを抱え続ける人は少なくない。

心理的安全性の維持で、社交不安症の生徒の心を守る

早ければ小学生で、多くは中学生から高校生のタイミングで発症する社交不安症。「思春期に社交不安症を発症すると、人間関係につらさを感じ、苦痛に耐えながら学校生活を送ることになります」と清水氏は指摘する。

「従来から指摘されていましたが、千葉大学子どものこころの発達教育研究センターで実施した不安の程度のアンケート調査でも、10人に1人の割合で基準を超えるレベルの不安が強いお子さんがいることがわかります。つまり、30人から40人のクラスに、3~4人程度は、不安症が疑われます

社交不安症の子どもは、失敗のない完璧な人間関係を求める傾向があり、学校生活のあらゆる対人場面で多大なエネルギーを使う。また、自分の不安な感情を悟られないように隠そうとするため、発見もしづらいという。

(画像: Graphs / PIXTA)

では、社交不安症の生徒、あるいは社交不安症が疑われる生徒がいた場合、教員はどのようなことに注意すればよいのだろうか。清水氏によると、まずは「子どものストレスチェック」で子どもの内面の把握に努める意識が重要だという。

「大人の場合、法律で義務付けられたため、50人以上の労働者を使用する職場では、ストレスチェックとして、Webアンケートなどを実施しています。一方、学校は楽しい場所であるという固定観念が強いためか、子どものストレスを計測する発想がこれまでありませんでした。学校現場の皆さんにはメンタルヘルスリテラシーを高めていただき、子どものストレスチェックをきっかけに生徒の不安やうつに気づいてほしいです。また、社交不安症の傾向が強く認められる場合は、しかるべき医療やカウンセリングにつなげることを意識してください」

また、心理的安全性が保たれているクラスかどうかも大切だ。対人関係が得意ではない、あるいはストレスチェックで不安感が強いと認められる生徒を見つけた場合は、「人前で不安になるのは全然変なことじゃない」と伝えてほしいと清水氏は次のように続ける。

「1枚の薄い紙を手のひらに乗せてしばらく経つと、どうしても紙は震えます。もし文字を書く手が震えてしまう生徒がいれば、その様子を見せて『誰でも震えるものだよ』と声をかけてあげるのもよいでしょう。また、発表するときに声が震えてしまう生徒にも、『全然おかしなことじゃないよ』と伝え、からかう生徒がいたらしっかり注意するといった態度が重要です」

清水氏によれば、社交不安の傾向はお笑い芸人などにもよく見られるという。「いつも相手を大爆笑させなければならない」と考えるあまり、つまらないと思われることは社会的な死であると感じ、恐怖を感じるのだという。お笑い芸人でない一般の子どもたちには、「相手に面白い話をする必要はなくて、誰もが天気の話など面白くない会話を適当に楽しんでおり、それが普通だ」と伝えるとよいそうだ。

教員の目配りで「不安の悪循環」を断ち切れる可能性も

近年、学校教育でアクティブラーニングが注目され、生徒の能動的な発言を求める機会が増えた。ある意味、社交不安症の生徒には逆境かもしれない。もちろん、人前でのスピーチを避けたいという要望があれば合理的配慮が必要だ。だが、インクルーシブ教育の観点に立つと、クラスメートや教員の雰囲気次第で社交不安症の生徒によい体験をもたらすこともできる。

「社交不安症の生徒と不安をまったく感じない生徒とが、それぞれの違いを知った上で、互いを尊重する姿勢が大事です。しゃべることに苦手意識があって普段は寡黙な生徒も、落ち着いた雰囲気の中で、じっくり話を聞いてみるとすごく奥深いことを考えているということがわかることはよくあります。その考えを掘り起こすための時間を用意したり、逆にしゃべりたがりの生徒にブレーキをかけたりと、教員が上手に指揮を執ってクラスの心理的安全性を高めることができれば、本当のアクティブラーニングにつながるはずです」

例えば、人前でのスピーチが苦手な社交不安症の生徒は、「きっとうまく話せない」「声が震えてしまう」というネガティブな想像が膨らんで、話すことを回避し、スピーチに対する不安がますます強くなる悪循環に陥ってしまう。もし下を向いたままスピーチしていたとしても、注意するのではなく、皆できちんと聞こうとクラスのよい雰囲気を醸成したり、内容を認めたりすることも大切だ。

一方で、不安に敏感な生徒は、ネガティブな感情に敏感であるだけではなく、ポジティブな感情も敏感に感じることができるという。不安を感じない生徒が感じることのできない、ちょっとした幸せや、芸術に対する感動などを感受性豊かに捉えることができるため、「敏感なことにはよい面もあるのだ、自分の弱さであるとともに強さでもあるのだと捉えてほしい」と清水氏は語る。

これまで、単に「シャイな性格」とも誤解されがちであった社交不安症。認知行動療法のような考え方や行動のパターンを見直す精神医学的、心理学的研究の進歩で、回復の方法は明らかになっている。もし自分の学校や受け持つクラスに、人と接することに苦手意識を持つ生徒がいたら、教員はまず話を聞き、寄り添うことを心がけてほしい。間違っても生徒の自尊心を傷つけるようなデリカシーのない言葉を投げかけないよう、くれぐれも注意するべきだろう。

(文:末吉陽子、編集部 田堂友香子、注記のない写真:msv / PIXTA)