家計が「円売り」に動くとき円安の本番が到来する 資産防衛としての「円から外貨へ」という必然

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円安が2022年の一過性の動きで終わればそのような心配もなかったかもしれないが、2023年に入ってからもしっかり持続している。必然的に「円から外貨へ」という投資意欲を持つ層は増えてくるだろう。

こうした動きは広義には「貯蓄から投資へ」という意味合いをはらむが、筆者は若干異なるように思っている。

「貯蓄から投資へ」のスローガンが企図するのは、資産運用を通じて保有資産を増やしていこうという「攻め」の姿勢転換だろう。だが、上述のような諦観に起因する「弱い円」から「強い外貨」へという動きは資産運用というより資産防衛であり、保有資産が減らないようにしようという「守り」の姿勢転換といえる。

高度経済成長以降、日本人は円高に悩んだことはあっても円安に悩んだことはなかった。だからこそ、今後起きることも未知の展開になる可能性があると筆者は危惧している。

1ドル=152円は序章にすぎないかもしれない

2022年12月末時点で日本の家計が保有する円の現預金は約1110兆円だった。この10%が「強い外貨」に移ろうとするだけでも110兆円規模の円売りが起きる。5%なら55兆円だ。

2022年の経常黒字(海外との貿易や投資で稼いだ額)が約11兆円なので、日本の年間経常黒字の5~10年分が家計の外貨シフトで相殺されるイメージになってしまう。

ちなみに、その経常黒字自体も第一次所得収支黒字を主軸としているため、実需としての円買いは乏しいという実情もある(この点は別の機会に深く議論させていただきたいが、同黒字の半分近くは円に転換されていない可能性が高い)。

このような需給環境の下で「日本人の円売り」がたきつけられた場合、円相場は相当にまとまった幅で下落する懸念があるのではないか。

裏を返せば、2022年に直面した113円付近から152円付近までの円急落は「日本人の円売り」を抜きにして起きた現象であり、その意味で限定的な円安相場だったという見方もできる。

本当の円安リスクはまだ顕在化していないという目線を持ちたい。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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