今年度「25人学級」を小学3年生にまで拡大

「いちばんのメリットは行き届いた学習指導ができることです。クラスの子どもたち全員に毎日、声がけもできています。30人を超えるクラスのときは、どうしても声をかけてあげられない子が出てきて、気がかりでした」

「25人学級」導入のメリットについて、山梨県の公立小学校教員が語った。山梨県では、25人学級が2021年度から全国に先駆けて小学校1年生で導入され、22年度には2年生、今年度からは3年生に拡大されている。

「25人学級は、現在の長崎幸太郎知事が19年の知事選に立候補するときの公約でした。当選後すぐに『少人数教育推進検討委員会』(以下、検討委員会)を組織して検討が始まり、順次、導入してきているところです」と言うのは、山梨県教育庁義務教育課少人数・義務教育指導監の望月陵氏だ。

検討委員会は20年2月に報告書をまとめ、「児童生徒一人一人の特性に応じながら、つまずきを早期に見いだし、よりきめ細かな指導を行い、基礎学力の向上や良好な人間関係づくりを実現する魅力ある学校づくりを推進することが必要である」として25人学級の導入を決めている。その効果が表れていることは、冒頭の教員の発言からも確認できる。

さらに報告書は、「幼児期との接続を円滑にし、小学校生活に必要な学習習慣、生活習慣を身に付けさせるために、まず、小学1年生に25人学級を導入することが求められる」とし、21年度から小学1年生に導入された。

山梨県では2021年度から小学校1年生、22年度には2年生、今年度からは3年生で25人学級を導入した。写真は山梨県庁
(写真:PIXSTAR / PIXTA)

ただし1年生の25人学級の制度を利用したのは、「山梨県に165校ある小学校のうち23校」(望月氏)でしかなかった。3年生にまで導入が拡大された今年度でも35校程度である。

「大きな理由は、生徒の数が少なくて、制度を利用しなくても、すでに25人以下の学級編制になっているところが多かったからです。少数ですが、教室の数が足りなくて制度を利用できないところもあります」(望月氏)

ただし理由は、それだけではない。学年の全生徒数が50人であれば、25人ずつで、きれいに2学級編制できる。しかし、そうそう都合よく割り切れる人数のケースばかりではない。例えば、全児童数が54人だった場合、3学級にすると1学級の人数が少なくなりすぎるために25人学級を選択しないケースもある。それが、25人学級の制度を利用する学校が多くないことにもつながっている。

25人学級と同じメリットを持つ制度「アクティブクラス」

「しかし、25人学級編制を導入しない学校を放っておくわけではありません」と望月氏は続ける。

「25人を超える学級に、教員を加配するアクティブクラスという制度があります。普通なら教員1人ですが、そこに1人の教員がサポートとして入ります。複数の教員で指導するTT(ティーム・ティーチング)の形を取ることで、25人学級と同じような行き届いた指導ができるわけです」

無理して25人学級にせず、この制度を利用した「実質的な少人数学級」を選択する学校も少なくない。そのため、25人学級を導入している学校数は多くないという結果になっているわけだ。それでも25人学級と同様のメリットを、山梨県内の多くの小学校が享受している。

実はこれまでも山梨県は、積極的に少人数学級に取り組んできた。2004年度には当時の山本栄彦知事によって小学1年生に30人学級が導入され、翌年度には2年生にも導入されている。08年度には中学1年生に35人学級を導入したのを皮切りに、11年度から14年度にかけて小学3年生から6年生、中学2年生と3年生にも広げられた。

そうした中で長崎知事がインパクトのある公約として掲げるには、「25」という数字が必要だったのかもしれないが、もちろん政治的インパクトだけを狙ったわけではない。望月氏が説明する。

「知事が強調しているのは、『25人学級は子どもたちの自己肯定感を向上させるため』ということです。全国学力テストの質問紙調査で、本県は自己肯定感が高いという結果が出ています。もともと素質があるのだから、もっと伸ばしていこうということです。一人ひとりの子どもに教員が声をかけられるようになれば、子どもたちの満足感は高まって自信につながるからです」

冒頭の教員の発言からも、長崎知事の狙いは間違っていないことがわかる。

25人学級の財源はどこから?

35人学級については、コロナ禍も追い風となり、国は2021年度から導入をスタート。小学2年生から段階的に5年間をかけて公立小学校の全学年で導入されることになっている(小学校1年生は11年度から35人学級)。この学級編制標準の一律の見直しは、1980年に40人になって以来、約40年ぶりのことだった。それを大幅に下回る学級編制標準を山梨県は実現したことになる。

国の制度であれば、必要な予算は国が負担するが、独自でやるとなれば必要な財源も、自治体自らが確保しなければならない。

山梨県の場合、小学1年生だけに導入したときで2億2400万円、2年生にまで広げたときで4億2800万円の予算が組まれている。そして3年生にまで拡大した今年度は、年間9億円となっている。来年度には小学4年生にまで拡大することも決まっているし、長崎知事は中学生にまで拡大していく意欲を示している。継続的な財源確保が必要となってくるわけだ。

これを山梨県は、県企業局が運営する電気事業会計からの繰入金と法人県民税の超過課税分を積み立てて新設した「やまなし教育環境・介護基盤整備基金」から捻出している。教育庁だけの予算でやろうとしたら、絶対に無理だったはずだ。知事が主導しているからこそ、こうした財源確保が可能だといえる。

いちばんの問題は、やはり教員確保

ただし、財源を確保できたからといって25人学級が簡単に実現できるわけではない。教員を確保できなければ、少人数学級を編制することはできないからだ。

実際、国としてスタートした35人学級も、教員不足から導入したものの維持ができず、上限を引き上げる山口県のようなケースも出てきている。山梨県も、知事の意欲と財源があったとしても、教員が集まらないことには、25人学級を導入し、維持し、拡大していくことはできない。

「教員確保でいちばん多いのは、定年を迎えた方を再任用しての配置です。教員免許を持っているけれど教員になっていない人に電話をかけまくって教員になってもらう、掘り起こしにも力を入れています」と望月氏。

それでも、25人学級を来年度には4年生にまで拡大するというのだから、教員が不足する可能性はある。そこで山梨県は、来年度の小学校教員の来年度採用予定人数を170人程度にすることを決めている。今年度の149人から20人以上も増やし、過去25年間では最多となる採用数だ。

問題は、応募者が増えるのか、ということだ。初めて東京都内に採用検査会場を設けて県外在住者が受験しやすくしたり、一次検査の一般・教職教養検査を従来の記述式からマークシート方式にして負担を軽減するなど、山梨県としても策を講じようとしている。25人学級が教員の負担を減らすとなれば、それも応募者を増やす要因になる可能性もある。ただし、採用を増やせるかどうかは、ふたを開けてみなくてはわからない。

全国的な25人学級は、やはり国が動く必要がある

山梨県の例を聞けば、「山梨県ができるのだからほかの自治体でもやれるだろう」という意見が出てきそうだ。

前屋毅(まえや・つよし)
フリージャーナリスト
1954年、鹿児島県生まれ。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。著書に『学校が学習塾にのみこまれる日』(朝日新聞社)、『ほんとうの教育をとりもどす 生きる力をはぐくむ授業への挑戦』(共栄書房)、『ブラック化する学校 少子化なのに、なぜ先生は忙しくなったのか?』(青春出版社)、『教師をやめる 14人の語りから見える学校のリアル』(学事出版)など
(写真:前屋氏提供)

しかし、そう単純ではない。電気事業会計という財源があり、それを教育に引っ張ってくる知事のリーダーシップが山梨県にはある。ほかの自治体に同じことを求めるのは、そう簡単ではないだろう。

山梨県では年間9億円の予算を必要としているが、山梨県より多くの学校が制度を利用することになる自治体ならば、相応の財源を用意しなければならず、それを負担できる自治体は多くないはずだ。

しかし山梨県の25人学級は、子どもたち一人ひとりに教員が行き届いた指導ができ、声をかけることができる制度だ。それが、子どもたちの自己肯定感を高めることにつながる可能性がある。1学級当たりの子どもの人数が少なくなれば、それだけ教員の負担も軽くなることにもつながる。働き方のブラック化が教員志望者を減らしているといわれる中、教員志望者を増やすことにもなるだろう。教員不足への対応策でもあるはずだ。

教員不足への対応はさることながら、こうしたメリットの多い25人学級も自治体任せにすることなく、国が率先して取り組むべきテーマの1つといえるのではないだろうか。

(注記のない写真:TABAKO / PIXTA)